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①考えさせられる材料と考える時間
旅では、毎日本当に色んなことが起こる。
・一晩で蚊に30箇所以上刺される
・晴天の中列車が遅延が当然のように十数時間
・しゃべりすぎて酸素不足になり高山病になる
・飛行機で座席で隣だった人が家に泊めてくれる
・一生ここに住めばいいじゃないか!と本気で言われる
・ドクターは土日休みなので診療してもらえず私立病院に行くことを薦められる
・無免許運転で捕まり賄賂を払えば裁判がうまくいくのでお金を貸してくれと頼まれる
・人の水を勝手に全て飲み干し「これでなくなったらから1本どう?」と売りつけられる…etc
十数時間のバス移動はざらにあり、2日間列車の中ということもあった。本を読んで勉強するにも、旅日記をつけるにも、寝るのも、ずーっとはできない。やることが尽きると、ボーっと窓から見える外の景色見ながら色々と考えを巡らした。
・こんだけ遅延が当たり前ならそりゃ時間にゆるくなるか
・旅してる人をサっと招いておもてなしできる人に自分もなりたいな
・シェアするってこんなにも素晴らしいんだ
・無職のこの人超幸せそーだけどなぜ?てか幸せって何?
・もうすぐ就職かー、どんな人生にしたいかな…etc
何もやることがない時間というのが、とても貴重だった。
②選択・決断することへの慣れ
世界一周という決断のために休学したことで、多くの「枠」が取り払われ、飛躍的に選択・決断する機会が増えたことにより、選択・決断することに慣れた。
「枠」とは、例えば「大学生」や「バイト」がそれに当たる。「枠」の中では特別な選択や決断をせず、受動的でも物事は進んでいく。「大学生」であれば、とりあえず時間割通りに行くだけ行く、「バイト」ならとりあえずシフト通りに行くだけ行き時間を過ごすとか。誤解してほしくないので補足しておくと、何も大学生やバイトを否定するつもりは毛頭ない。「枠」自体悪いものでもないし、「枠」の中で主体的に考えながら物事に取り組み大きな学びやを得ることはもちろん可能である。
ただ、僕の場合はそれまでの大学生活やバイトにはどこか受動的な部分があり、そして、「枠」が外れて自分で選択・決断せねば何も進まないという状況の中、選択・決断をし続けれる時間を送れたことは非常に有意義な経験だった。
③幸せを感じられる基準が下がったこと
貧乏旅であったので、生活水準は決して高いものではなかった。基本的に最低限やの生活ができそうな安宿のドミトリーに泊まり、移動時には空港泊はしばしば、時には野宿をすることもあった。お腹は減っても財布と相談、常に空腹度合いの高い生活。寒くても水シャワーだったり、暑い中をひたすら歩いたり。このような生活を長期間続けると、許容範囲が広がり満足感や幸福感を得られる基準が下がっていった。
ここで、「それって世界一周じゃなくても得られるんじゃない?」と思われた方!
その通りだと思う。
僕の場合、たまたま世界一周を通じて、というだけのことだったのだと思う。

沖 匠知

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