休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
「決断」〜フィリピン留学・ワーホリ・世界一周〜
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オーストラリアから帰国して、休学し海外へ飛び出すまでの経緯について書いていきます。

 

 

地球

 

【世界一周との出会い】

 

帰国してから漠然とこんな風に考えていた。

 

文法とかTOEICで何点とかどうでもいいけぇとにかく話せるようになりたい。英語を話せるようにするならやっぱり海外でしょ。どっか安く留学できるとこないかなー。

→フィリピン留学

ワーホリしとる人ら楽しそうだったなー。海外で働くとかどんなんなんじゃろ?ワーホリやってみたいなー。

→ワーホリ

 

じゃぁフィリピン留学やワーホリに向かって動き出していたかというと、全然そんなことはなかった。やりたいなぁとふんわりと思いつつも、決心することもなく今までと変わらない毎日を過ごしていた。

 

そんなある日、動き出すきっかけとなる出来事が起こる。

きっかけは1人女性で、彼女のニックネームは「Fポン」。大学のスキー同好会で一緒に活動をしてきたメンバーだ。3年以上も同じ同好会として活動してきたにも関わらず、彼女と深く話したことはなかった。彼女はとてもミステリアスな独特の雰囲気を持っていた。

スキー同好会のメンバーでボウリングに行った時の帰り道のこと。彼女にオーストラリア留学のことについて聞かれ、どんな経験をしたのか話をした。話は大いに盛り上がった。聞けば、彼女は東南アジアを中心に何ヶ国も一人で旅したことがあるという。

この日を境に、時間をとっては2人でよく話をするようになった。彼女の独特の価値観や旅話を聞いている間、ワクワクが止まらなかった。気がついたら彼女を尊敬している自分がいた。彼女の夢について聞いた時には腰を抜かした。

 

「世界を二周した後に、スリランカでゲストハウスを営む」

 

スケールがでかっ!?
てか、めっちゃかっこいい!

そして彼女から僕を突き動かす一言。

 

「オーストラリアだけでそんなに楽しいんだったら、違う色んな国に行ったらもっと楽しいんじゃない?」

 

確かに…間違いない!
決めた、旅するわ!どうせするなら世界一周やな!!

その時、世界一周という言葉の響きがとてもかっこよく聞こえていた。

 

でもフィリピン留学もしたいし、ワーホリもしたいんよね…
フィリピン留学、ワーホリ、世界一周…うーん、どうしよ。。

 

えーい、こうなったら全部やってまえ♪

 

それからというもの、彼女がおもしろいと紹介してくれた世界一周ブログを見たり、自分だったらどこの国をどんなルートで周るか考えたりしては、ひたすら妄想を膨らませた。

妄想は楽しすぎた。

 

 

チェス

 

【「自分ルール」と「自分そそのかし作戦」】

 

一方で現実的な部分では何も進んでいなかった。

休学ってどうやってするの?お金はいくらかかるの?親は許してくれるの?就職への影響は?…etc

ここでも大きな不安が目の前に立ち塞がった。
しかし、この時すでに自分の中で答えは出ていた。

物事を選択するときに基準としている「自分ルール」がある。

[1] 後悔しなさそうか
[2] ワクワクするか
[3] 将来の選択肢は広がるか


休学して留学・ワーホリ・世界一周をする

[1] :絶対後悔しない自信あり(帰国した時に「最高だったわ♪」と言っている自分を明確にイメージできた)
[2] :想像しただけでワクワクする気持ちが止まらない
[3] :1年間の経験による増加量>1年の遅れることによる減少量

 

休学せずそのままの大学生活を送る

[1] :あの時やっとけばよかったなと思う気がする
[2] :ワクワクしない
[3] :今までと変わらない

 

答えが出ているなら、あとは行動するだけである。ただ、これがそう簡単ではない。

そこで、休学して海外に飛び出す選択を自分にさせるために2つの「自分そそのかし作戦」を実行。

 

①言いふらし作戦

休学して世界一周するなど、周りの友人に宣言するようにした。これによって今さら引き返すなんてできない、今さら撤回したらカッコ悪すぎるという状況を作り退路を絶った。

②わっしょい作戦

自分の決断を肯定してくれそうな人のもとばかりに足を運び、「絶対やったほうがいいよ」とわっしょいわっしょい持ち上げてもらい、するべき理由をたくさん見つけ自分を行動させようとした。

 

→休学をして海外へ飛び出すという流れを作れた。

 

 

かべ

 

【解決しなければならなかった問題】

 

海外に飛び出す流れを作り心の準備もできたけれど、未解決の問題が3つ。

 

【1】両親の承諾

この時点で親の承諾はまで得れていなかった。そこで、正月に実家に帰省する時に家族の前で承諾を得るためのプレゼンをすると親に提案。本人が本気でやろうとしていることは承諾してくれる親なので、本気さ分かってもらうことに焦点を置いた。まず、バイトを増やしお金を貯め始めた(12月のバイト収入12万円)。また、プレゼンで質問されそうなことは答えられるよう準備した。

 

【2】お金 *1

大学に通いながら海外へ行く資金を全て自分で用意するのは非常に困難だった。以前に進路について話している時に、母親が「大学院に行きたいなら行ってもいいよ」と言ってくれていたことを思い出し、「海外生活でかかる費用<大学院に進学するのにかかる費用 *2」となればお金がなくて無理ということはないはずだという安直な考えに至り、ひとまずプレゼンまで保留。

 

【3】一人暮らしの家

家賃4万円の家をどうするか。約1年間も家賃を払い続ける選択肢はもちろん無し。かといって、家を引き払い帰国後に再び家を借りて引越し費用がかさむ。海外滞在中に家に住んでくれる友人を見つけるのがベター。

 

→海外滞在中に自分の家に住んでくれる友人を探し見つけた。正月のプレゼンで両親の許可が降り資金面での援助をしてくれることも了承してもらった。

 

 

こうして遂に迎えた出発当日。

友人が出発に前に最後に日本で食いたいもの食わしてやると言ってくれ、いざラーメン屋へ。
お店は外で待つお客さんがいるほどの混み具合で、飛行機の時間が気になりつつも攻めの姿勢で待つことを選択。
ラーメンを美味しくいただいた後、ダッシュで関空まで連れて行ってもらうも到着は飛行機出発の1時間前。
飛行機に乗り遅れのではないかとあたふたしながらも、どうにかこうにかギリギリで間に合い無事出国。

最高に楽しくめちゃくちゃワクワクする充実した日々が幕を開けた。

 

 

 

*1
上記の通り、僕は旅の資金を全て自分で用意したわけではない。
じゃぁもし資金的な援助がなくてもやっていたか、おそらくできていない。

自分で全てのお金を用意して旅している人はたくさんいる。大学に通いながらではお金が貯められないため、2年間休学して1年目でお金を貯めた友人とも出会った。

そういった人達に比べて、出発前の僕の本気さは小さかっただろうし、超えるべきハードルも遥か低かったと思う。

周りからは「世界一周とかすごいね!」などと言われるが、全然すごくない。
僕が世界一周に踏み出せたのは、紛れも無く両親の理解と協力のおかげである。

両親には心から感謝している

 

*2
大学院へ進学するのにかかる費用の概算

項目 金額(円) 支払い回数(-) 合計(円)
大学院入学金 423,000 1 423,000
授業料/年 535,800 2 1,071,600
家賃/月 40,000 24 960,000
奨学金/月 -50,000 24 -1,200,000
合計 1,254,600

実際に両親から援助してもらった金額は約90万円

 
 

次回の記事『休学海外デビューは波乱の幕開け』はこちら

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沖 匠知

沖 匠知

兵庫県立大学の沖匠知です。 大学3回生終了後、休学。 1年目:10ヵ月間でフィリピン留学、ワーキングホリデー、世界一周 2年目:上海にてインターン→日本で就職活動(今ここ) 《一言》:後悔のない、盛大にワクワクする人生を送る! 沖 匠知の詳細プロフィールページ
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