はじめに
4年前、大学入学当初の私は、ストレートに大学を卒業するものだと思っていました。まさか自分が大学の卒業を1年遅らせてまで、ベトナムへ行くとは夢にも思っていませんでした。
しかし、現在、休学からもう1年が経とうとしている私にとって、もう過去の思い出のひとつ。昔と今の私の間には、ギャップがあります。「その差は何なんだろうか?」ということを考えてみたいと思います。
休学中の体験談はこれまで書いてきた記事をご覧ください:http://kyukatsu.com/author/tuyoshisato/
過去と現在の認識の違い
まず、大きく違う点は「認識の違い」です。大学1年生の私は「休学」という大学の制度については知っていました。なので、休学費さえ準備できれば休学することはできました。でも、現実味のある選択肢ではありませんでした。そもそも動機がありませんでした。休学をしてまでやりたいこともありませんでした。それでは、当然、休学する権利はあっても、その権利を行使することはないですよね。
昔と今では、「休学」に対する認識に大きな差がありました。じゃあ、どうやって休学が自分の認識の射程圏内に入ったのでしょうか?
休学につながる3要素
私にとって、休学が現実的になる要素としては3つありました。それらは、「就活」、「英語」、「メディア業」の3つです。1つ目の「就活」は、きっかけです。3年生の秋、就活が本格化していく中、「今のまま就活したら、失敗するのではないか」という危機感からでした。就活を意識することが、結果的に休学につながっていました。
残りの2つの「英語」と「メディア業」は、私にとって、休学に踏み切る大きな要素でした。英語は「仕事で使えるレベルになれたらなぁ」という漠然とした憧れを持っていました。そして、「とりあえず、在学中に一度は留学したい」という気持ちがありました。そこから、「どう海外インターンにつながるのか」を簡単に下記にまとめました。
・「英語」
<理想:仕事で英語が使えるようになりたい>
☆「一度は留学してみたい」
⇒「短期フィリピン留学(2年生の春休み)」
⇒「自分の英語力のなさを痛感」
⇒「もっと英語力をブラッシュアップしたい」
➡「休学」
➡「2回目のフィリピン留学&海外インターン」
以上の流れがあって休学を決意しました。少しずつ自分なりの英語像を更新していった延長線上に「休学」という選択肢があったという感じです。
次に、「メディア業」ついてです。1年生の夏休み明けくらいから、メディア業に興味を持っていました。特に新聞記者に憧れていました。ぼんやりと「将来は記者になりたい。メディア業界で働きたい」と思っていました。「素人なりに、できることから始めてみよう」と考え、学内行事の取材等を行う学生記者という団体に入ったのが始まりです。先ほどと同様に、そこから、「どう海外インターンにつながるのか」を下にまとめます。
・「メディア業」
<理想:卒業後、記者か編集者になりたい>
☆「とりあえず、できる範囲で取材・編集業をしてみよう」
⇒「学生記者(学内広報誌の制作団体)に参加(2年生の4月)」
⇒「大学OBの紹介で新聞社の出版部でアルバイトを始める(3年生6月)」
⇒「新聞社で短期インターン(3年生の夏休み)」
➡「休学」
➡「ベトナムの観光・生活情報を配信する情報サイトを運営する会社で編集・営業インターン」
ざっくり、まとめるとこんな感じになります。英語のときと同じで、自分なりに手探りで、自分の中の記者像を体験を通じて、少しずつアップデートしていった先に、海外インターンという選択肢がありました。
私の大学生活におけるこの2つの軸がちょうど交わった先に、海外インターンがあり、そのための時間とお金を準備するために休学をしました。私の場合は、勢いで休学したわけではなくて、セルフイメージを経験や出会いを通じて、少しずつ更新していったら、休学してたといった感じでしょうか。今、振り返ると必然のようにも感じます。ふしぎです…
逆に、この過程を全部すっ飛ばして、思い付きで休学しようとしていたら、おそらく、用心深い私の中の安全装置が作動して、そんな選択は拒否されていたはずです。人は本能的に自分を守るために自分でブレーキをかけて、自分を制限してしまいます(私はそれが顕著なタイプでした)。だから、意外と自分自身ができないと思っても、やってみたら案外できるなんてことは結構あると思います。
おわりに
自分の枠の中で暮らすことはもちろん大事ですが、たまには、その枠から出てみると、枠の窮屈さに気づくかもしれません。そして、日常に戻ったときに、前よりはその枠が拡がっていると思います。その枠を決めるのは、他人ではなく、「自分の認識」です。固まった認識をほぐすためには、休学という選択は有意義なものだと私は思います。








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