こんばんは。骨髄移植経験者の吉澤です。
小5の時、鼻血が止まらなくて病院行ったら入院させられました。
急に再生不良生貧血という病名を宣告され、長期入院を余儀無くされました。
小学校を中心として回っていた時間が止まり、病院を中心とした時間が新たにスタートしました。
実際、そういった子どもたちが日本全国に数多くいるのです。
私たちが自由に外の世界を動き回っている一方で、病院に閉じ込められている子どもがたくさんいます。
今回は、小児科入院はどういったものなのか、
そこで子供達はどう過ごしているのか
当時の経験をふまえて書いていこうと思います。
小児科にいる子供たち
>子どもたちにとっての病院は、活動範囲が限りなく狭くなった「合宿所」に近いと言っていいと思う。
下は赤ちゃんから上は中学生まで、それぞれ異なる病気で入院している事が多い。
心臓病、腎臓病など、そして私のような血液疾患で長期入院となる子どもたちがほとんどである。
赤ちゃんから保育園生くらいまでの幼児には、お母さんがずーっと一緒に泊まりこんでいる。
私ははじめ、母親と個室暮らしだったが、ある程度落ち着いてくると、大部屋でひとり暮らしに移された。
ここから、私の10ヶ月にわたる合宿所生活が始まる。
なぜ合宿所なのか
皆さんご存じの通り、病院の一日は完璧に規則正しい。
朝6時起床
8時朝食
10時検温
12時昼食
14時検温
15時おやつ(小児科のみ)
18時夕食
19時検温
21時消灯
完璧なスケジューリング。ほとんど狂いはない。まさに合宿である。
他にも合宿と言わしめる要因がある。
私が転室した大部屋は男子6人部屋であった。
部屋に入った瞬間、ここが合宿所であることに気付いた。
それは思いもよらない光景で、目を疑ったことを今でも覚えている。
他の五人みんなでゲームしてた。
ボンバーマンやってた。
ちっちゃい子が点滴ついてるのにベッド上でめっちゃ飛び跳ねてる。
「何だここは。」
みんな自分が入院してる事を忘れているかのように奔放で、外界に普通に暮らしている子どもたちと何ら変わりなく、遊んでいた。
「ゲーム持ってる?」
ちっちゃい子のこの一言で、私は大部屋の仲間入りを果たした。
この日を境に、ゲームをやりまくった。今まで母親と一日○時間と決められていた私にとって、足かせがはずれた鳥のように。
ゲームのみならず、遊戯王カード、トランプにUNO、将棋にオセロ、ジェンガに人生ゲームと、思いつく限りの室内遊戯を楽しんだ。
「やめなさい」と言えない親の複雑な心況を逆手にとった子どもたちに、死角はなかった。
しかし遊んでいたばかりではない。
院内学級
院内学級をご存じだろうか。
長期入院を余儀なくされた小中学生が、院内に設置された学校、通称「院内学級」に通う。
院内学級には教員免許を持った先生がいて、学年の垣根を越えて同じ教室で、それぞれ違う事を教える。
学校に通えない子どもたちにとって、唯一勉強ができる場所だ。
もちろん治療状況や具合に応じて通うかが決められる。
部屋から出てはいけない子どもの場合は、先生が病室まで出向いて勉強を見てくれる。
実際私は、大部屋に移ってから約5カ月、病室から出る事を許されていなかったので、毎日ベッドの上で勉強した。
点滴が刺さってる右手で鉛筆を持って、なんとか算数の問題を解いた。
外出OKの許可が出ると毎日隣の病棟の院内学級に通った。
病院内だったけど、通学路があるのがうれしかった。
先生がいて、勉強できることがうれしかった。
何より、学校に通えるのがうれしかった。
院内学級では様々な教科を行う。主要教科に加え、美術や英語、家庭科、体育もあった。
体育は授業っていうほどのものじゃないけど、遊びで卓球をよくやった。
(ここでの卓球の経験が後に中学で全国大会出場を果たすきっかけになることはまだ知る由もない)
家庭科の調理実習は忘れられない。
みんなで豚汁を作った、餃子を作った。
すごく楽しかった。
お楽しみ会もやった。
病院内で肝試しもやった。
とにかく、院内学級でのできごとは、おもしろいことばかりだった。
他にも、看護実習生や大学生ボランティアとのじゃれあいなど、入院生活でおもしろいことはたくさんあった。
楽しいこともいっぱいある中でも、子どもたちの本業はあくまで治療である。
避けては通れない苦しい治療。(ここでは主に小児がんについてだが)強い副作用で髪は抜け、吐き気を催す。
定期的に行われるめちゃくちゃ痛い骨髄検査(通称マルク)を乗り越えなければならない。
そして思いのほか厄介なのが、ずっと点滴が繋がっていること。治療中はずっと点滴をつないでいなければならない場合が多い。
何カ月も、体に変な管とでかい機械がついてくる。トイレに行く時も連れて行かなければならない。
このストレスが後にボディブローのようにジワジワ効いてくる。
ただでさえ行動範囲が狭いのに、動きが限定される。無茶の動きができない。寝返りだってそうそううてない。
急に隣のベッドが空く。まだ退院はしてない。昨日までいたのに。そういえば夜看護師や医師がどたばたしてたっけ。
当時はこれが何を表しているのか分からなかったが、こういうこともあった。
しかし子どもたちはどんなことがあろうとも明るい。
周りに苦楽を共にする友達がいる。親しく接してくれる看護師、医師がいる。
何より、家族がいる。
家族のサポートは、子どもたちにとってとてつもなく大きい。
これは小児科だけでなく全ての患者に通じて言えることである。
とりわけ小児科においては母親の存在が絶大である。
母親は、日中付きっきりで病院で子供のそばにいることが多い。
それは子ども自身にとっては嬉しいことだし、母親を独占できると言う意味では愛情を惜しみなく
享受することができる。
ただその母親の独占的な愛情が行きすぎると、家族に不穏な空気が流れ始める。
家族一人が入院すると、その家族の生活も大きく変わる。
様々な所で家族の歪みが生まれる。
ある意味家族においても、別のシャカイでの時間がスタートするのである。
次回は家族が直面する現実から書いていこうと思います。
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