とにかくとにかくとにかく日本を脱出したかった!

パラオ名物サンゴの泥パック!
オーストラリア

2014_ 5_21_15_30

27年前20歳のころの写真・・・

とりたてて何をしたくて入学したわけでもない大学生活も2年が経ち日々のワンパターンな生活にも飽き飽きしていた頃・・・

退屈な授業と部活動(体育会スキューバダイビング部)とバイトの魔のバミューダトライアングルにどっぷり浸かりただただ惰性で日々を暮していた大学3年生

親が共働きで一生懸命に働いて学費を払ってくれているのに朝からパチンコしたり、女の子と遊んだり、バイト代も遊ぶためだけに使ったり・・・「こんなことしてていいのか?」常にそんなことを考え、とにかく毎日モヤモヤイライラしていた。

ウォークマンで浜田省吾や尾崎豊を聞き、彼らの歌詞にもあるように「行き場のないいらだち」「何のために生きてるのかわからなく」なっていた

いずれ28歳で脱サラしてダイビングショップを経営するようになるのだが、20歳のころはダイビングそのものにも魅力を感じず、パチンコ、女の子、酒の堕落した日々を過ごしていた。。

そんな時にTVでオーストラリアを取り上げた番組を見たときに「ガーーーーーーーン!!!」とキタ!理由は何もなく、とにかく「キターーーーーー!!!」って感じで魂が「オーストラリアへ行け!」と命令してきた!

結婚相手に出会ったときに「ビビビ!」ってくるって言うけど、まさにそれ!で、次の月には休学届を出し、さらには親に金を借りて何の予備知識もなく「オーストラリア」へ旅立つことになったのでした。。

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28歳で脱サラし、現在ダイビングショップのオーナーをしています。学生時代の休学、放浪、そして現在の自分に休学はどう影響したのかを書いて行きます!是非、記事をご覧ください! 鈴木 智晴の詳細プロフィールページ