我没有銭你請客好吗?
僕が最初に覚えた中国語且つ、中国に留学するきっかけの言葉。
日本語訳すると「お金ないから、おごって?」
僕が大学の授業で、中国語取った最初の理由は単位のため。
友達から単位が取りやすいと聞いたからただそれだけ。
でも、実際に勉強し始めると中国語の日本語に無い発音に面白さを感じて
いつの間にか授業時間以外も自分で勉強するようになった。
そして、中国語の授業のたびに初めて覚えた中国語を担当教授に言い続けた。
(本当迷惑な学生でしか無い笑)
すると、3回目の授業の時に「なら上村君、今日ご飯食べに行こうか!」と誘ってもらえた。
その時に、海外、中国の話しを聞いた。海外の学生は優秀なやつが多いとか、
これからは英語を話せる人よりも中国語を話せる人の方が企業には需要があるとか、
一回海外に行ったら世界が変わる、視野が広がるとかいろいろな話をしてくれた。
で最後に「上村君も海外行ってみたら?中国とかいいんじゃない?」と言われた。
ということで、何気なく、その夏に語学留学兼日本語講師として中国・大連へ!!
その時は、たぶんただのノリとか勢いというのが強かったと思う。
でも、今振り返ってみると。
日々の生活から抜け出したかったという気持ちがあったんだと思う。
生まれてからずーと熊本で過ごして、高校、大学受験もはっきり言って僕は無難な道ばかり通ってきた。
それで、大学の次も熊本で公務員になろうとしていた。
ただ、安定して福利厚生がよくて地元に残れるからという理由だけで。
心のどこがで、このままでいいのか?
このまま一度も外の世界に出ること無く
ずっと地元に残り年老いて一生を終えていいのか?
こんなに無難に生きていていいのか?
という疑問を持っていたんだと思う。
【初めての海外・中国】
初めての海外、中国はとても刺激的だった。
中国人学生の勤勉さ、開発が急速に進む街の光景。
◆中国人学生の勤勉さ
1年勉強しただけで、小学3年生くらいの日本語の内容を理解、勉強していた中国人学生。
上手い子達は、普通に僕と日本語でコミュニケーションがとれていた。
これって専門だから、本来は当たり前の事。
だけど、日本では珍しい、特に僕の大学ではそんな人は皆無だから、
すごくショックを受けた。
日本で、大学で僕は、今まで何してたんだろう・・・って。
◆開発が急速に進む街の光景
次々と再開発の進む町並み
古い建物が次々と壊され、その一方では高層ビルが建設されて行くという光景。発展する経済に伴う、凄まじいスピードで進む開発。
その勢いをまじまじと感じることができた。
これらの光景は、完全に僕を中国に引き込んだ。そして、この地、中国で勉強を通し自分を高めたい、彼らのように成長したいと渇望するようになった。
帰国後、すぐさま公務員の講座をキャンセルし、1年の留学を決心した。
【帰国後、留学準備】
だが、僕が留学をしようと決めたのは9月。すでに学校の交換留学は締め切られていた。
残る選択肢は私費留学。
ここでの問題は、両親の説得、資金。最初、両親にはもちろん反対された。
「今、休学して中国に行く意味があるのか?」「資金はどうするのか?」「就職はどうするか?」
反対するのも当たり前だ。今まで、ずっと熊本で過ごしいた息子がいきなり「休学して、中国行くから!!」何て言うんだから笑
だから親には、「資金は、自分で用意する。就職も必ず決める」という条件で留学を許可してもらった。
それからは、いろんなバイトを掛け持ちした。
税務署のバイト、大学のパソコンのTA、回転寿司、派遣、本当にいろんなバイトやった。
そして、何とか資金を貯めることができ2013年2月中国北京へと向かった。
上村 一夫
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