【休学×オーストラリア】日豪の戦争

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お久しぶりです

こんにちは!お久しぶりです。
オーストラリアから帰国してからもう3か月が過ぎ、すっかり日常生活に戻っています。今は大学3年生となりました。私の通う大学では、基本的に3年生からは全員がゼミに所属し、それが事実上の専攻になります(学部によって違いますが、私の所属する社会学部では1,2年生の間は教養科目などがメインで、専門的な勉強は3年生から始まります)。私もどのゼミにするかは迷いましたが、国際政治学のゼミに入りました。今まであまり勉強したことのない分野なのでついていくのに必死ですが、自分で決めたことなので2年間一生懸命頑張りたいと思います。

さて、前回までの3回で、「私が休学した経緯」「休学に対する考え方」というのを述べてきました。少し重い話だったので(笑)、今回からはしばらく、オーストラリアでの思い出エピソードを書いていこうかなと思います。どれも心に残る経験ばかりなので、皆さんとシェアしたいなと思いました。
 

カウラという小さな田舎町で考えた戦争、そこでの素晴らしい家族との出会い

私は普段は現地の学校で日本語を教えるボランティアをしていたのですが、学校が長期休暇の時は私も休むことが出来たので、いろんな場所に旅行しに行ってました。タイトルにあるカウラという町は、シドニーから電車とバスで5時間の小さな田舎町です。私の住んでいた町からは、飛行機、電車、バスなどを乗り継ぎ乗り継ぎ、丸一日かけての旅となります。なぜわざわざそんな町に行ったかというと、カウラには第二次世界大戦中、日本軍やイタリア軍など枢軸国の兵士が収容されていた捕虜収容所があったからです。歴史に詳しい方は分かるかもしれませんが、この収容所で、日本軍兵士による大規模な脱走事件が起こりました。カウラ事件と呼ばれるものです。
 

カウラ事件

1944年の事件発生当時、この捕虜収容所には約1100人の日本人捕虜がいました。オーストラリア側は、ジュネーブ条約にのっとり捕虜に対しても十分な待遇を施していたのですが、当時の日本軍・日本人社会の「生きて虜囚の辱めを受けず」という考え方もあり、日本人捕虜たちは収容所での生活をよしとしていませんでした(欧米では、捕虜=国を代表して全力で戦った名誉ある兵士、という考え方であったので、同じ収容所にいたイタリア人は、空いた時間に楽器を演奏したり、故郷の家族に手紙を書いたり、また同じ白人ということで収容所の近所の人とも仲良くなり、徴兵され男手不足で困っていた家庭を手伝ったりして感謝されていたようです)。

そんな中、カウラの収容人数が大幅に定員オーバーしたために、将校・下士官を除く兵士を別の収容所に移送する計画がなされました。日本兵にとって、下士官とその部下の兵との関係は固い絆で結ばれた絶対のものであり、分離しての移動は受け入れることが出来ませんでした。日本人捕虜はミーティングを開き、この計画を受け入れるか、反対して脱走するかの多数決を行い、結果として、この計画に反対、すなわち脱走することが決定されました。

1944年8月5日午前2時過ぎ、突撃ラッパを合図に日本兵1104名は脱走しました。しかし、日本人捕虜が携帯できた武器はフォークやナイフ、野球バットといったもので、機関銃が配備されたオーストラリアの警備兵に対抗できるものではありませんでした。この脱走とそれに伴う戦闘によって、オーストラリア人4名、日本人231名が亡くなりました。これがカウラ事件という日本人捕虜による大規模な収容所脱走事件です

第二次世界大戦中にこんな事件があったなんて知っていましたか?日本ではほとんど知られていないですよね。かくいう私も、オーストラリアに行く直前に知りました。
日本では、第二次世界大戦=アメリカとの戦争というイメージが強いですが、実際には、日本は中国大陸をはじめ、アジアの国々に対する侵略を行っていたわけですし、アメリカだけでなく、イギリスやオーストラリアなどの同盟国側の国とも戦っていたわけです。オーストラリア本土に対する唯一の空襲は日本軍によるダーウィン空襲ですし、日本軍によるオーストラリア人捕虜虐待、殺害も行われていたため、オーストラリアでは、第二次世界大戦の敵=日本、という意識があります。普段日本にいるとどうしても日本からの視点になってしまいますが、多角的な視点で歴史をみることは大切だなと思います。

ここまでが前置きなのですが、ちょっと長くて皆さん疲れてしまいましたよね。私はこの捕虜収容所跡地を訪れ、そこで今も続く素敵な出会いを経験しました。ですがこのエピソードはまた次の記事に書きますね!
暑くなってきましたが、皆さん体調には気を付けて元気にお過ごしください!ではまた!

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ABOUT US

◆一橋大学/社会学部/3年(休学中)◆現在はオーストラリアの小中高一貫校で、日本語教師アシスタントをしています。