【休学×精神疾患】ある日ぽっきり折れるまで 前編

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うつ病

ほったらかしにしていて本当に申し訳ありません。それなりに元気です。物凄く遅れましたが続きを書いていきます。

如何にして休学に至ったか

中学校が嫌でした。
周囲と合わない。それが私にとっては大問題でした。
こんなところ出て行ってやると思いながら毎日私は下校していました。
今でも中学時代の学生証の中の私が、異様な目で私を見つめています。

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とにかく暗黒時代でした。

 

高校時代、一気に勉強量が増えました。

そこで出会ったのが生物学でした。

 

「これやりたい。」

 

その日まで、受験のために勉強していましたが、その日から生物学を深く学ぶために大学に行きたい、という思いから勉強するようになりました。鍛錬を積むように毎日勉強ばかりしたことを思い出します。

生物学は就職が不利とはよく言われることですが、私はとにかく就職のために大学に行くのではなく生物学をやりたくて大学にいくのだという気持ちがあったので気にしていませんでした。

就活が身近になった今になってその意味がよーくわかるようになったというのはなかなかシニカルで面白い話です。

 

結果、合格し大学生活が始まりました。

 

初めて親元を離れることになり、一気に世界が広がりました。

自分はなんて狭い所にいたんだろう。

束縛から一気に放たれ、勉強、遊びと毎日が充実していました。

とにかくたくさんの人と触れ合いました。

同級生、先輩、後輩、教授。

かけがえのない友人がたくさんできました。

田舎の閉塞した空間にいた私にとっては、非常に刺激的な毎日でした。

 

大学にいるうちにいつの間にか私は研究者の道に進むことを志していました。

そのための授業を受けたり周囲より一足先に研究室で過ごしたりしていました。

 

3年になると後期に研究室配属があります。本格的に実験や研究をする分野と場所が決まるので非常に大切なものです。成績が良い者から優先して希望が通るシステムになっているので、下手をすれば自分の行きたい研究室に行けるとは限りません。

1年2年と積み重ねてきたものをなくしたくない。

3年前期までの総合成績で順位が付くので、3年前期にまさに勉強に追い込みをかけました。

そのうち、「もっと上に行きたい」と思うようになりました。

今の大学よりもっといい大学院へ。

大学受験の時の第一志望よりもいいところへ。

だとしたら、もっと上を目指さないと。

どんどん実績をつまないと。

とにかく上へ上へ。

それだけを考えて過ごしていました。

 

 

赤の女王仮説というものがあります。

進化に関する仮説の一つで、種・個体・遺伝子が生き残るためには進化をし続けなければならないというものです。

「赤の女王」とは『鏡の国のアリス』に登場する人物で、「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)」という台詞を比喩としている説です。

私は上を目指していたので、まさに全力以上で毎日を走っていました。上を目指さないなどあり得ない。ただ、もし、この状態で妥協して上を目指すのをやめていたとしても、私は全力で走っていたでしょう。

走り続けることが当たり前だったからです。

 

8時に大学に行き実験の仕込み、

17時半まで授業。延長がかかることもありました。

その後研究室にお邪魔して朝仕込んだ実験の続き。

ひと段落したら図書館が開いている22時まで自主勉強。

図書館がしまったら近くのカフェで0時まで勉強の続き。

家に帰るとさぼってしまうのでとにかく外で活動を続けることにしていました。

サボると書きましたが、私は正当な休息までサボること、怠けていることだと思っていたのです。

0時以降家に帰り、そのまま床につきました。ですが大抵2時まで目が覚めていたものです。

そして7時に起きシャワーだけ浴びて学校にまた行くのでした。

 

 

下宿は寝るのとシャワーを浴びるだけの場所になりました。

無論、部屋は荒れていました。もともと無精者だったうえにどうせ寝床とシャワーしか使わないんだから放置していたのです。

とにかく研究や勉強に費やさないと時間がもったいないと思っていました。

食事の時間も惜しみ、さらにお金も貯めたいと思っていたので生協の割引品しか食べずに生活していました。

 

一日一回、1クレジット分音ゲーをするのが唯一の気晴らしでした。

 

いつの間にか私は走り続けるしかできなくなっていたのでした。

止まることができなくなったのです。

この時期の少し前に初めての彼氏にこっぴどくフラれ、気持ちが不安定だったことも影響したのでしょう。

中学の時嘲っていた同級生たち、不誠実に逃げた元カレのことを思い出して、見返してやる、ただそれだけを考えていました。

そして、家族。今まで育ててきてくれたんだから、恩返しがしたい。なんとか上へ行って楽させてあげたい。それと同時に家族に届かないところに行きたいとも思っていました。

そんな時目の奥がジラジラとゆれました。

 

そういう状態でなんとか3年前期を終えました。夏休みです。

成績が出るまで時間があります。

重要な評価の時期を乗り越えほっとひと段落つき、研究室に通って日々を過ごしました。

 

 

なんか変だな、が来たのは夏だったと思います。

 

続く!

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ABOUT US

◆匿名ライター◆西日本の国立大学 / 4回生 (3回を2年間休学)◆3年後期にうつ病と全般性不安障害を発症◆【休学×うつ病】◆休学のフラット化をしたい!◆