休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
【休学×西日本縦断】東京~屋久島ヒッチハイクの旅1
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こんにちは、イトウです。

 

こちらは前回の記事→http://kyukatsu.com/wataruito-3/

 

お前誰やねん、って方はこちらをチェック→http://kyukatsu.com/wataruito-1/

 

 

ではこれから何回かに分けて、私なりに当時の日記を読み返しながら“西日本縦断ヒッチハイクの旅”について書いて行くことにします。

 

それではお付き合いください。

 


 

屋久島に行こう

 

東京~屋久島。

 

直線距離にして約1500km。気が遠くなるほどに長い距離である。

 

「屋久島に行きたい」と思い立ったのはいわば突然の衝動に駆られたからであり、深い理由もなければ明確な目的もなかった。その時私はとっくに日本へと帰国していて、”休学”によって手に入れた自由な時間を持て余し、自室でセブ島生活の余韻に浸ったり、よく何も考えずにぼんやりしていたものだった。

 

屋久島といえば、もののけ姫の舞台になったと言われている場所である。

けれど、荘厳な屋久杉と豊富な自然が美しい島だという簡単なイメージしか私の頭にはなく、もはやどこにあるのか、どの方角にあるのかさえ、全く検討もつかないというのが本音であった。

 

そこで私はPCを開いてGoogle検索をし、屋久島がどうやら鹿児島県の南西に位置していて、一年中雨が降るくらい気候の激しい、そんな変わった島であることを知った。俄然興味が出てきた。こうして本格的に屋久島へ行くことを決めた次第である。

 

次に考えるべき事項は、交通手段だった。

 

飛行機だと一回乗り継ぐ必要があるので高くつくし、新幹線とフェリーを乗り継いで行くというプランも同様にコストがかかる。何よりも半日で到着してしまうため、物足りなく退屈であるように思えた。旅というにはいささか快適で、簡便すぎるように思えたのだ。

 

そして私は最終的に“ヒッチハイク”という手段を思いつく。

 

当時「深夜特急」を夢中になって読んでいたせいで、その時私はある種“旅行”ではなく“旅”を渇望していたのだと思う。

とにかく噂に聞くヒッチハイクとやらで、日本列島の西の果てにある屋久島へと向かうことにしたのだった。

 

とは言うものの、そんな無謀な挑戦を一度も試みたことはないわけで。

そもそも公道の端っこで親指を掲げ、自分を目的地へと運んでくれる車を待ち続けるなんて、常識的に考えて正気の沙汰じゃない。

 

けれど、そんな稀有な挑戦がより私の気持ちを高ぶらせた。

それから一週間後、使い古したバックパックに数日分の着替えと食料を詰め込んで、特にプランも立てずに家を後にしたのだった。

 


 

用賀~名古屋編、外国人ヒッチハイカーとの出会い

 

私の記念すべき初ヒッチハイクは、東京の用賀IC入り口のマクドナルド前から始まった。

 

ご存知の人もいるとは思うが、用賀ICは西日本高速道路の始まりであり、ヒッチハイカーの聖地とも言われている。

 

ヒッチハイカー童貞として旅を始めるにあたりこれ以上うってつけの場所はないということで、まずは田園都市線でJR用賀駅へと向かうことにした。

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↑哀愁漂うバックパック

 

用賀へと到着してからすぐに、マクドナルドで購入したアップルバイをかじりながら“屋久島”と書かれたスケッチブックを掲げ始めたのだが、不思議なことに全く車の止まる気配がしなかった。

 

これは至って当然の結果である。東京のど真ん中で“屋久島”と書かれたホワイトボードを掲げている若者など、全くもって信用に当たらないものだ。誰もが「うわっ、なんだこいつ!」とか「頭おかしいんじゃないか?」とか車内でぼやいているに違いないのである。

 

そんな土地感覚だとか、人間として大事な何かが欠けているような、得体のしれない若い男なんて誰も自分の車に載せようとは思わないものだ。

 

ということで、のんびりしかし手堅く旅をすることに決めた私は、マジックで行き先を“屋久島”から“海老名”へと書き換え、それから20分足らずで初ヒッチハイク成功へといたるのだった。

 

乗せてくれたのは50代くらいの男性。その日は休みの日だったので、なんとなく温泉でも行こうと思い、相模原方面へと向かっていたらしい。その道中私を見つけたというわけである。

 

なんと彼はセブ島留学を経験したことがあるらしく、共通の話題で盛り上がった。まさか私も、セブ島にあるショッピングモールの話をするなんて思いもしなかった。

 

二人で楽しく話をしていると時間はあっという間に過ぎ、30分くらいで海老名PAに到着した。

彼から「頑張れよ」という激励の言葉を貰い、車から降り、続いて名古屋にある刈谷PAを目指す。

 

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↑海老名PA

 

少しベンチに座って一息ついてから“名古屋“と書かれたホワイトボードを掲げて始める。

すると、すぐにトラックの運ちゃんが私に話しかけて来た。感じの良い中年のおっちゃんである。どうやら名古屋市内にある倉庫へと向かっているらしいので、乗せてもらうことになった。

 

こうして我々は海老名を後にし、中型トラックで刈谷PAへと出発した。

 

今回乗せてくれた運ちゃん、今はトラックの運転手であるのだが、昔は築地の寿司職人だったらしい。けれど、あまりに仕事がきつくて今の仕事を始めたのだとか。

 

築地にある吉野家一号店でのみ食べられる牛丼のクオリティの高さや、今の生活の気楽さ(あくまで彼にとって)についての話を聞いていると、すっかり日が暮れていることに気がついた。

我々は刈谷までの途中にある掛川SAで簡単な夕食をとり、少し先へ進み、桂川SAで仮眠を取ることにした。

 

結果的に、旅の初日からトラックの中で夜を過ごしたわけだが、今思えばよく初対面の人と同じ車内で熟睡できたなあと、我ながら驚かずにはいられない。

 

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↑散らかった我らが寝床

 

旅中には何が起きるかわからないし、疲弊しきっていて正確な判断もできないから、それがさらなるカオスを招く。しかし、そこには確かな中毒性がある。これが”旅”なのだ。

 

身の危険だとか貞操の危機を全く感じなかったと言えば嘘になるが、見知らぬヒッチハイカーを乗せてくれた以上いい人に違いないと判断し、その直感が間違っていなかったということは本当に幸運だったと思う。

 

こうして初日を終え、翌朝8時ちょうどに携帯のアラームに叩き起こされ、無理のある体制で睡眠を取ったせいでほとんど疲れの取れていない体に鞭を打ち、刈谷PAへと出発した。

そして到着、とうとう名古屋市内上陸である。

 

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↑刈谷PA

 

運ちゃんと別れ、その日は名古屋市内の観光をすべく市電へと飛び乗った。

 

重い荷物を前と後ろから背負った状態で電車に乗っていると、周りから興味本位でジロジロ見られたり、「旅をしてるのか?」とおっちゃんに話しかけられたりする。普段の日常とは違う非日常の一つ一つが新鮮で、それこそが旅の醍醐味であるようにも思える。私はそんな非日常に触れる瞬間が好きだ。

 

こうして私鉄名古屋駅へと到着した後、名古屋城へと向かい、名古屋の街にどっしりと構える名古屋城を見学。うんざりするほどの名古屋づくし。

 

 

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↑どっしりと構える名古屋城

 

日本史に詳しいわけではないのだけれど、名古屋城の放つ迫力というか荘厳さというか、そういった言葉にできない絶対的な存在感にとにかく圧倒されたことを覚えている。

 

その後、他に行くべき場所もやるべきこともなかったので、駅構内のおにぎり屋さんで買った天むすを頬張りながら次の目的地へさっさと向かうことに決め、刈谷PAへと戻る。

 

戻って来た頃には日も暮れかかっていたので、スーパーで買った60円のコロッケと100円のサラダと200円の五目ご飯で空腹を満たした後、トイレでパジャマに着替え、テントを張り早めに眠りにつくことにした。

 

ところが、トイレの個室で手早く着替え外に出ると、見知らぬ外国人の男がドアの外に突っ立ていて、綺麗な青い目で私のことをじっと見つめていた。

ヨーロッパ風の綺麗な顔立ちでいて背はそこそこ高く、髪は茶色で短く整えられており、唯一整っていない眉毛だけが印象的な男であった。

 

「どこかで会ったかな」と私が首を捻らせていると、ふいに彼が話しかけて来た。

 

「Are you a hitchhiker?(君はヒッチハイカーかい?)」

 

反射的に「Yes」と答えながらも、まあそうなんだけどこいつは誰で何を言いたいんだ?とか考えていると、どうやら話を聞くと彼もヒッチハイカーであり、日本でヒッチハイクするべくはるばる東欧の小国スロバキアからやって来たらしかった。

 

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↑スロバキアン・ヒッチハイカー

 

よく分からない状況だが、こいつは面白い!と思って、一緒に大阪を目指すことを提案。これが旅の醍醐味なのである(二回目)。

 

そんなこんなで、フードコート内の無料の緑茶を二人でちびちび飲みながら簡単な自己紹介(名前はサミュエルで歳は21、英語・スロバキア語・チェコ語の翻訳で日銭を稼いでいたのだが、たまたま羽田行きの格安航空券を手に入れたので来日したらしい)と旅の計画について話し、そうこうしているうちに辺りはすっかり真っ暗になっていたので、それぞれテントを張って寝ることにした。

 

二夜連続初対面の男と寝ることなんて、この先の人生でもう二度とないのだろうと思う。いやできればあって欲しくはない。私はいたってノーマルなのだから当然だ。

 

こうして翌日、西日本縦断3日目、外国人ヒッチハイカーのサミュエルと共に大阪へと向かうことになるのだった。

 


まとめ

 

今回は西日本縦断ヒッチハイクの最初の記事であるわけですが、この旅には本当に数え切れないほどの、温かかくて優しくて時に不思議な出会いで溢れていたと強く感じざるを得ません。

 

当然一度会ってそれっきりの人ばかりだけれど、そんな出会いの一つ一つがとにかく新鮮で、とても愛おしく思えるのです。旅をしなければ出会うこともなかったのだと思うと尚更です。

 

毎日アクシデントや予測不能の出来事が起きてとにかく疲弊しきってはいましたが、重いバックパックを背負って一人で歩き回ったり、ヒッチハイクをしながらフラフラと長い距離を旅した日々は、私の人生においてかけがえのない財産であり、これからも色濃く輝き続けるのでしょう。

 

明確な理由はありません。高尚な目的もありません。けれど、そんな全くもって非合理的でまさに”青春”そのものである放浪の旅が、将来への漠然とした不安と居場所のなさに苦悩していたあの頃の私にはぴったりだったし、心地よかったのだろうと思います。

 

最後に、この旅行記を通して旅や休学の魅力を少しでも味わっていただければ、これ以上の幸せはありません。

 

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伊藤渉

伊藤渉

立教大学経済学部3年。 大学生活が退屈でしかたなかったので、2年後期に勢いで半年間休学しました。 ・セブ島留学 ・西日本縦断ヒッチハイク ・インド一人旅 ・都内某IT企業インターン 上記のような経験をしてきたわけですが、計画性はさっぱりなかったし、これからの確固とした展望もありません。 でも人生ってそういうものだと思うのですよ。フラフラ迷うことも、どんより落ち込むことも、思い切り楽しむことも含めて。 大学生っぽくない大学生活を送ってきたので、情報発信や相談(気軽にコンタクト取ってもらって大丈夫です)を通して誰かの力になれたり、背中を押してあげることができたら素敵ですね。 個人ブログもたまに更新してますので、時間があればどうぞ。 社会不適合休学系大学生のブログ伊藤渉の詳細プロフィール
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