休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
僕が武蔵大学に行かなくなった時の話
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*大学からの“脱走”

 

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初1人旅、初海外、初カジノ

“気休め”は、終わった。

香港から帰国して数週間、大学1年の後期が始まったのだ。

怪しく光る香港のネオンがまだ記憶に強く残っていて地に足が着かない。

どこか気の抜けたような呆けたような気分だった。

つまり、僕は日常と非日常の間の深い亀裂にハマっていたということだ。

「日常」はそんな僕の事情も知ったわけがなく、当たり前のように時間が過ぎていく。

いつも通りの風景は僕に現実を押しつける。
騒ぎはしゃいでる大学生達が視界に入るから、キャンパス内は下を向いて歩く。
楽しそうな会話が聴こえてくるから、耳にイヤホンを詰める。

 

僕の現実は、何も変わっちゃいなかった。

 

授業はいかに時計の針を早く進めるかがカギだ。

つまり、コメントペーパーを書く時間ぎりぎりだけ残して後の時間をいかに寝るか。
そんな事を考えてる自分に嫌気が差している事も薄々は分かってはいた。

しかし一旦机につっ伏すと、瞼は重くなり目の前の現実を隠してくれた。

 

教授が授業終了を告げると共に教室中が騒がしくなる。

人で飽和した教室からいち早く抜け出した時、自分がここにいる意味に疑問を覚えた。

しかし次の教室に向かってヒトの流れに乗り歩みを進める。

手さぐりでipodをポケットの中で操作し、適当にスタートボタンを押した。

流れ出した曲は、S.L.A.C.Kで、“逆流”

今でもこの時の事はハッキリと覚えてる、3限の宗教概説の後の事だった。

偶然の一致、ipodが空気を読んだ、僕自身の解釈の仕方。

なんとでも言えそうな事なのだが、僕はS.L.A.C.Kの「逆流」という曲を次の授業に向かう“人の流れ”に従って自分も次の授業へと向かう途中で聴いたのだ。

 

「なぜ自分がここに居るのか」を考えながら、。

 

その時、自分の中で何かが吹っ切れた。

そして踵を返して人の流れに逆らい正門の方へ向って歩いていた。

この当時の僕にとって大学は「抑圧される場所」でしかなく、呼吸すらしづらい世界だった。

だから、逃げた。

『僕も深夜特急を書いた沢木耕太郎のように、社会に敷かれたレールから外れて旅をするのだ。』

と、その時は強く思ったものだった。

 

それから1週間と経たずに一枚の紙切れを教務課に提出し、2012年4月から一年間の休学が決まった。

 

そして2011年9月下旬、僕は大学へ行かなくなった。

 

 

逃げ込んだ先は、暗く分厚い雲が太陽を隠したような冷たい日々だった。
ガソリンにまみれた汚い両手をまじまじと見つめると、気が滅入る現実を痛いほど突きつけられたような気分だ。
ガソリンスタンドのぶかぶかな制服を重ね着し、深く被ったキャップの下から覗く世界は重たく、そしてどんよりとしたあの雲に似ていた。
自分の周りを取り巻く全てに腹の底で毒づいてみるも、客が来れば
「オーライオーライオーライ!はーいっ結構です!いらっしゃいませ!!」と
引きつった笑顔が車の窓に映る。

僕は「旅に出る」と決めた、つまり金が必要だった。
そして寒空の下で他人の車にガソリンを注ぐ単純作業を繰り返す日々に身を置いているが、それは気の狂うような毎日だった。
次から次へと車がやってきて忙しいときはまだいい、何も考えず作業に没頭すれば時間は思ったより早く流れてくれる。
しかし逆の場合はつらくて仕方が無い、深夜の車が通らない大通りは気味が悪いほど静かで、信号の点滅さえ不気味に感じる。
そこに面したガソリンスタンドの高い天井から吊下げられたライトが暴力的なまでに強い光を降らせる、苦虫を噛み潰したようなこの顔に。
ステージ上のスポットライトは人を引き立たせるだろう、しかしこの光は僕を滑稽に晒し出した。
感情を押し殺して今にもパンクしそうな僕を。

大学という場所を逃げ出した僕は文字通り「お先真っ暗」だった。
人生の中で何度か訪れる“岐路”に僕は立たされたのだ、あの教室を出た瞬間に。
悩む必要は無かった、というよりももう充分に悩んでいたのだ。

大学も専門も就職も何もかもの選択肢が絶望的に見えた。
結果として“旅”にしか人生の光を見いだせず、そしてそれは世間的にみると危うい選択なのは承知していた。

 

それでも、旅しかない。旅しかないんだ。

 

僕はこの当時、ただひたすら自分を取り巻く全てを振り切りたかっただけなのかもしれない。

ヤニで薄汚れた休憩室、15分間にタイマーをセットして椅子に腰かけて、ぼーっと目の前の空間を眺めた。

何をしていても漠然とした不安は目の前に居座り続けた。

 

「ピピッ、ピピッ、ピピッ」

 

余計な事を考えるな、働け、動け。

そう急かすようなタイマーの音が恨めしかった。

 

「休憩貰いました」

 

誰もいない休憩室に自分の声だけが転がって、そして消えた。

 

9月、10月、11月、12月、1月、2月・・・・・・

 

 

毎晩指折り数えて、そして3月-・・

次の記事を読む→それでも、僕は旅に出る

 

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白井 耕平

白井 耕平

武蔵大学の人文学部2年。 アジア、アフリカが好きなヨーロッパ文化学科。 休学して世界一周していました。 旅関連の記事を発信していきます。 白井 耕平の詳細プロフィールページ
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