休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
休学開始、1人旅へ〜世界一周を始めた理由〜
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 *旅に出る“瞬間”の心境

前回の記事「大学、不登校になりました」

一年間、学校を休んで旅をする。
出国当日のその心境が一体どんなものなのか、それは実際に行った人しかわからない。
そうでない人にその時の自分の考えや周りの状況、そしてその心境を伝える事は果たして可能なのか。
今回の記事はそれを試してみようと思う。
他のライターと比べて文調が違う事は読んでくれてる人は分かると思う。
しかしコレが僕にとって一番当時の僕を伝えるやり方としてベストだと思ってる。
旅を履歴書にどうのとか、就活にどう影響するとか、一切書く気は無い。
というか僕はまだ2年生なのでそんな事は知らない。
旅は旅だしそれ以上でもそれ以下でも無いと思ってる。

ただ、僕が伝えたい事をここに並べる言葉に込めるのみなので。

少々長いとは思いますが、読んでいて「面白い!」と思える文章を書くので

皆様、お付き合いお願いします。

 

 

ガラン、としているのにやけに明るいファミレスで1人ペンを走らせた。
5枚の便箋と封筒がテーブルに置かれている。
本当にボロボロだった僕を応援してくれた全ての人に手紙を書きたかった。
しかし時間は想像以上の早さで過ぎていき、あっという間に出国3日前となった。
“その日”に近づくにつれ、拍車をかけて忙しくなっていった。
事前にネットで調べ上げた持ち物や一国目の宿と移動方法、海外保険に国際キャッシュカードの取得、ビザと滞在日数etc
正直、全くと言っていいほど準備は足りていなかった。
ただとにかく、しばらく日本を離れる前に手紙を書く事だけはしておきたかった。
両親、弟、地元、高校の友達、そして好きな女の子宛ての手紙を書いた。
それぞれの顔や表情を思い起こしながら白い背景に羅列された罫線の間に文字を埋めていく。

そんな最中に、ふと1人の男の顔が頭に浮かんだ。

相変わらずの震える様な寒さの中、街灯の下で彼が僕に言う。
「お前マジで行くの?!いや行くんだろうけどさ・・・マジで?」
「行くよ。いや逆に行かないなんて有り得ないだろ」と、笑いながら答えた。

全く同じ時期に僕ら二人は行き詰っていた、それも「人生」とかいうよくわからない迷路の中で。

自分は何がしたいのか、どうなりたいのか、目の前の状況をどうやって打開するのか。

そんな事ばかり、毎晩のように冷え込む路上で朝になるまで話し込んでいた。
彼は学生でありながら絵描きだった。
昔からなんでもできるイケメンであり、僕にとっては憧れの存在。
そして到底敵いもしないのに劣等感を燃やしてライバル意識を持っていた。
僕の旅立ちを機に、彼は絵の世界へ、僕は旅の世界へと、

それぞれの道に“本気で”踏み出したのだ。

 
 

・・・・空が薄明るく白んできた。
便箋の入った5枚の封筒を目の前に並べて、ぼんやりとした頭で少し感傷的になったのは言うまでもないだろう。
19年と1週間生きてきて、1年間も僕はこの街を離れた事が無かった。

僕の世界とその思い出はこの街と共にあった。

家や学校、サッカーをしていた空き地、行きつけのカフェ、常連のつけ麺屋さえもこの街にあった。
そして、ずっと好きだった女の子もこの街に住んでいた。
“その日”が、すぐ目の前に迫っている事を僕は少しずつ自覚するようになった。

 

よく晴れた3月末の早朝、まだ冷たい風は吹くものの日差しには春の匂いがする。
慣れない大きなバックパックを背負って、前にはリュックサックを抱えて地元の駅に続く坂を歩いた。
桜を見れずに出発するのは少し惜しい気がした。
道の並木にはこれから華やかな日本の象徴を咲かせる蕾が春の風に踊っている。
「電車の中で目立っちゃうね」と、隣で声を弾ませる女の子がいた。
香港マカオから帰国した後、僕らのよくわからない関係は再開していた。
そしてこの関係に答えを出さないまま僕は旅立とうとしている。
駅のエスカレーターを上がると、僕らの“分かれ道”は改札という姿でただそこに現れた。

急行の止まらない早朝の駅に人の忙しさは無く、ここには僕らしかいなかった。
朝陽の差しこむ静かな改札を通ると、僕は短く挨拶を告げてホームへと続く階段を降りた。

一段、一段と降りていくたびに、トーン、トーンと、足音が響く。

その反響した音は改札に置いてきた“想い”から自分が遠のいていく事を知らせるようだった。

いつも通りやってきた黄色い電車は、いつも通りに僕を運んだ。
しかしそれは「日常発、非日常行き」のいつもとは違う不思議な乗り物だった。
しばらく見納めになるであろう石神井川沿いの景色を眺め続けた。

茨城空港は気持ちの良い快晴だった。
座席の横の小窓から遠くの見送りデッキで大きく手を振っている友達の姿が見える。
僕にはあえて言わずに見送りに来てくれた。
向こうから僕の姿を見る事はできない。
しかし僕は最後まで見送ってくれようとする彼らを見る事ができる。
機内では中国語のアナウンスや話し声が飛び交っていて、これから異国へと向かうことを僕にヒシヒシと感じさせた。

しばらくするとゆっくりと、そして確実に飛行機の車輪は回り出す。
窓の端に彼らの姿が消えていくのを手を振り返しながら最後まで見続けた。
突然、足元から轟音が聞こえたかと思うと飛行機は徐々に加速して、窓の外の景色が流れていく。

冷たく薄暗い不登校の日々が走馬灯のように脳裏を駆け抜けていく。
上がっていく速度と共に心臓が早鐘を打ち鳴らす。
一瞬の緊張と突き上げるような昂りが自分の中を突き抜けるのがわかった。

飛べ。

と、何に向けてかもわからず、しかし念じた。

 

今までの全てを振り切って、僕は旅に出た。

次回記事⇒僕が“ボランティア”とかいう事をしていた理由

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白井 耕平

白井 耕平

武蔵大学の人文学部2年。 アジア、アフリカが好きなヨーロッパ文化学科。 休学して世界一周していました。 旅関連の記事を発信していきます。 白井 耕平の詳細プロフィールページ
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