休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
マイクロファイナンス起業家 〜ウガンダ人モゼスとの出会い〜
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前回の記事:【イギリス留学編】全員国籍が違う7人のシェアハウス生活とそこからみえたこと

イギリス留学が6月に終わり10月の復学まで時間があった私は、ウガンダにあるマイクロファイナンスを提供するコミュニティバンクへ6週間のインターンシップを行うことにしました。

今回は私のインターン先の組織を立ち上げたモゼスという人物について書いていきたいと思います。

 

ウガンダでマイクロファイナンス?

まずモゼスとの出会いを書く前に私のインターン先とウガンダのマイクロファイナンス事情について簡単に説明しておきます。

インターン先はSaving and Co-operative Organization (SACCO)と呼ばれるウガンダに多く存在するコミュニティバンクでした。この銀行では最初に出資をしてメンバーになり、役員(約10人)もそのメンバーのなかから選挙投票で選ばれます。メンバーにとって大手銀行などと比べて融資を受けやすく、地域住民による運営なので加入しやすいと感じる反面、運営側の能力次第で機能不全に陥るリスクがあるというのが大きな問題点だと思います。私の支部は設立5年でメンバーが1000人を超え、この地域の中では成功しているほうとのことでした(不履行率は40%程度ありましたが)。

そもそもウガンダでは村落ごとにお金を管理して必要な人に貸し出すシステムはあったようです。そして、ユヌス氏がマイクロファイナンスを提唱してから政府の支援も始まり、“マイクロファイナンスブーム”が起きました。

このブームは実際のところ地域への負のインパクトも目立ったそうで、どういうことかというと、銀行の運営方法もよくわからないNGOでも「とりあえず万能薬になりそうだし受けが良いから」という理由で参入した結果、うまくいかずにつぶれ、預金もそのまま消えてしまったということが起きたそうです。また、利子が高く、収入も十分に得られなかったために複数の銀行から又借し、“借金返済のための借金”という負のスパイラルに陥った人も生まれました。現在はそういった脆弱な組織は淘汰されてきたようですが、マイクロファイナンスへの過度な期待と運営能力の欠如から様々な問題を生みだしてきたのも事実のようです。

 

モゼスとの出会い-所属組織をなくしたときにみえてくるもの-

インターン初日、現地のコーディネーターに付き添われSACCOに向かうと、オフィスはなんとなく閑散とした雰囲気。そして私の上司となるモゼスを探すから待っててと言われて待つこと30分。やっともどってきたと思ったら彼女が一言、
「モゼスは病気で今はいない。2週間後くらいに帰ってくると思う」とのこと。

 

後日、モゼスは病気なんかではなく、融資状況を管理するソフト導入のための研修を受けていたことがわかりました。それならそういえばいいと思うのですが、どうやらここでは「病気」というのが周囲を納得させるのに一番いい理由のようです。

そうして2週間後にやっとあらわれたモゼス、目力のある恰幅のいい人で、自己紹介されなくても、あ、この人がモゼスかってすぐわかるほどリーダーの風格がありました。そして彼との最初の二人のミーティングが開かれました。

 

彼からは、軽い謝罪の言葉があった後、
What do you expect from SACCO?
What can you do for us?
What is your skill?

といった質問が飛んできました。しどろもどろになりながらこの2週間で感じたことや、モゼスが来る直前にあった年に一度の総会で実施したアンケートの話などをしながら乗り切りましたが、このときに、心のどこかでモゼスがインターン内容を提示してくれるんじゃないかと考えている受け身な自分がいたことに気付きました。モゼスにとってはSACCOをどう理解してもらえるかという教育的視点よりも、この日本人がこの組織にどう貢献してくれるのかというところが関心の焦点だったわけです。

今考えれば当たり前のことですが、この「あなたはどうしたい、何ができる?」という「個」として真正面から見られた経験は、所属組織とは関係なく自分の名前、自分の能力で勝負できる人にならないと、ということを強く自覚する貴重な機会になったような気がします。

 

リーダーモゼスの存在感

このモゼス、他のウガンダ人とは明らかに雰囲気が違いました。彼と話すと緊張感とある種の高揚感みたいなものが出てきて、リーダーっていうのはこういう人かと自然と納得させるものがありました。

(モゼス 写真右)

この人の魅力はなんなのか、とても気になりました。最初は彼の堂々とした立ち居振る舞い、大きな声、チャーミングな笑顔など表層的な部分に目がいきましたが、話していくと彼の行動を支える一本通った考え方にその理由があるのではないかと思うようになりました。

モゼスの経歴はとてもユニークでした。高校卒業後、400人の綿花生産グループのリーダーを経験、その実力が買われてオランダ人からヘッドハントされ綿花をはじめとする農業従事者を管理する立場として働き、最後にSACCOから依頼をうけこの事業を始めたそうです。SACCOのバイタンボゴエという地域での支部立ち上げです。3人の子どももいましたが、給料は以前の仕事より低い月20ポンドからのスタートでした。しかも周辺のマイクロファイナンス機関の崩壊により、事業に逆風がふくなかで最初の2年半を文字通りすべてひとりでまわしていったそうです。

どうしてその選択ができてそんなに頑張れたのか、何がモチベーションとなってここまでやってこれたのか、と聞くと彼からは意外な、そしてとても印象的な言葉が返ってきました。

「私はマイクロファイナンスそのものにはそこまで関心がない。ただこのウガンダ東部が未だに貧困から抜け出せない理由の一つが、“自分は今の生活から抜け出すことはできないけど、それでいいんだ、しょうがない”という自らを変革しようとする意識の欠如、現状への満足、あきらめ、といった人々の思考回路にあると考えている。だからゼロからビジネスを立ち上げてコミュニティに貢献していくことで、自分たちでも今の環境を自らが望むものに変えていくことができるんだということを自分自身で証明して、彼らの意識改革をしたい。」

といった内容が返ってきました。

このときに彼と話して感じた一種の高揚感の理由がわかった気がしました。「もっとメンバーを増やしたい、返済率の低さをなんとかしたい」といった目の前の課題ではなく、その先にある、「そもそもなぜこの事業を自分たちがやっているのか」それをきちんと話せることが、自分の存在意義を見失いかけていた当時の私にはとても魅力的に映ったのだと思います。

 

モゼスからは、バックグラウンドの全く異なる人と同じ方向を向いて仕事ができる面白さ、難しさを教えもらい、まずは開発の現場に近いところで働きたいという自分の将来にも影響を与えてくれた人物でした。ですが、彼にはほとんど恩返しできていません。日本大使館が行っている「草の根・人間の安全保障無償資金協力」に新規プロジェクトの支援依頼で企画書を提出しましたが、結局落選してしまいました。恩は自分が成長して回していくしかないのかなと思っています。
最初は散々だと思ったウガンダインターンでしたが、今となれば魅力的な人との出会いのおかげでとてもスペシャルなものになったと感じています。

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野村 卓矢

野村 卓矢

早稲田大学 人間科学部 4年。 休学1年間ではイギリスのサセックス大学で開発学を勉強し、6週間ウガンダのマイクロファイナンスプロジェクトにインターンしてました。 野村 卓矢の詳細プロフィールページ
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