休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
【夏休み】青春18きっぷで旅をしてみた
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ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン
深く柔らかなまどろみの底からゆっくりと浮上し目覚めると、滲んだ空色の光が視界を覆った。
手すりにもたれかかった身体を起こし、目をこすって車窓の向こう側を、そこに何かを見るわけでもなく眺めた。
きりりとした緑青色の田んぼが遠くまで広がり、その背景には吸い込まれそうな空と見事なまでの入道雲が浮かんでいる。
夏の中心を分け入るようにしてワンマン電車は進んでいった。

ぽっかりとした余白、まっさらなノートのような、夏休み。
ただカレンダーに刻まれた日付だけが、まるで一行ごとの罫線のようにあるだけ。
学校に入っている間、つまり小中高大の期間は少なくとも必ず過ごすことになる日々。
そんな時間を読者の皆様はどのようにお過ごしでしょうか。
今回のコラムでは、夏休みの電車旅について少し書いてみたいと思います。
これは休学に直接的には関係しないものの、夏休みに経験した事がきっかけとなって休学に踏み切る人が実は多く、そして僕もその一人です。この記事をきっかけに夏休みもしくは春休みなどで、今までの過ごし方とは違ったことをやってみたいと思ってくれる人がいれば、それだけでこの記事を書いた意味があると言えるのかなと思います。

「青春18きっぷ」
僕が好んで利用するこのチケットはJRが販売しているもので、要は「乗り放題券」のようなものです。
その情報についてはネット上にいくらでもアップされているので、ここでは立ち入りません。
念のためJRの公式情報だけリンクしておきます。
「青春18きっぷ」の販売について

では、はじまり~。

image (3)

目的地が秋田であることに特に意味は無かった。
いやもちろん知り合いが以前に誘ってくれていたからという、唯一それっぽい理由はあるけども。
でも知り合いは日本中の色々なところにいるわけだし、九州でも四国でも北海道でも関西でもよかったわけだ。
それに加えてこの夏休みに入るまでは「今回はどこにも行かない」と決めていたし、自宅でのんびり過ごそうと思っていた。だって、とにかく暑いし、そんなにお金があるわけでもないし。

それなのに期末テスト最終日を終えて、そのままバックパックを担いで夜の電車に乗り込んだのは一体なぜなのか。
旅に出る理由が、よくわからない。なんで秋田なの?と聞かれても、よくわからない。
だがこういった場合には、理由を求めてきがちな他人や自分に対して、簡単に煙に巻ける便利な一言がある。

「呼ばれた」

かっこつけすぎな感じはするけども、それぐらいの方が、いやむしろその方が楽しくなってこないだろうか?
というか、お金の使い方が人それぞれ違うのと同様に、時間の使い方も人それぞれなのだ。
それ以上に何か考え込む必要があるだろうか?
全ての行為に何かの意味や理由が無ければならないなんて、アホらしくないだろうか?

池袋駅のチケットカウンターで青春18きっぷを買う、そうすると夏が走り出した。
帰宅ラッシュの池袋-大宮を人ごみに流されながら抜けていく、宇都宮辺りまで来ると外はもう真っ暗だった。
足元に置いたバックパックを見て、半年以上もこれを使っていなかったことに気付く。
モノにこだわる方ではないし、むしろ粗雑な扱いをしがちではあるけど、世界一周の時からの相棒であるこのカリマーだけは特別で、しばらくの間ホコリを被らせていたのが申し訳なくなった。
ただの妄想、思い込みでしかないけど、こいつが背中にあるときだけは何かこう自然と胸が高鳴る。学校に行くときの気だるい足取りとは違い、きちんと一歩一歩を踏みしめて歩けた。自分が確かに進んでる、物理的にもそうだが、気持ちとしてそう思える。

青春18きっぷは、実は普通電車しか使えない。
だからとても時間がかかるし、そうすると必然的に電車に乗ってる時間も長くなる。
ボーっとすることが好きな人にはとても向いている旅の仕方だ。
飛行機だって僕は好きだが、しかし移動そのものを楽しみたい方が強い。
旅における時間の捉え方として、自分が確かに日常の圏内から離れていっているのだと感じられる、丁度良い速さだからだ。
そもそも普段は誰かに決められた時間の中で忙しなく過ごさなきゃいけないのに、なぜ旅に出てまでわざわざ急がなければならないのだろうか。
大事なことは時計を気にすることではなく、窓の外を流れていく景色を眺めながら妄想に耽ることだ。

北関東にさしかかると、その暗さによって東京の夜がどれだけ明るいのか分かる。
本当の夜を失くした都市に住んでいるという事に、幾ばくかの不気味さを覚えながら売店で買った小枝を齧った。
乗客がほとんどいない静かな電車内、向かい合いの4人席を独り占めして、足を伸ばして座れる小さな幸せ感。
電車が敷かれたレールを踏み鳴らす音、知らない地名を告げるアナウンス、ポツリポツリと輝く家々の灯りが暗闇の中に沈んでいた。
電車はその日の中間目的地、南福島に到着した。

image (4)

翌朝、泊まっていた漫喫を出ると、頭上では太陽が日差しを燦々と地上に降らせていた。
駅へと戻って再び電車に乗る。今日の昼過ぎには秋田に着く予定だ。
電車に乗っている人たちをあくまでさりげなく見渡す。
僕が普通電車を好む理由のひとつは、そこが“交差点”的な場であるからだ。
というのは、新幹線や飛行機などの特別さによって乗客の目的が限定されないから、雑多で自由な日常の往来があり、その乗客たちが電車に乗っている理由は本当に色々で、その社会の生活圏を垣間見ることができる。
通学途中の中学生、買い物の話をしているおばさんたち、寝ている中年のサラリーマン、何も喋らない若いカップル、窓の外を眺めている外国人、大声で騒ぐこどもたち、そして僕。
東京で毎日見ている同じような風景も、旅になれば見る目ががらりと変わる。
自分と同じように予定調和を約束されていない物語を生きているはずの人たち。
今、この場で、複数の異なる物語が交錯していて、それもハッキリとは記憶されない無意識に沈殿する景色として、僕も人の中に溶け込む。

旅人は人の景色を非人称的存在として漂流する。

その無意味さ、軽過ぎる重力感を感じながら、生活圏に対する他人性の辺境で、実際の景色と様々な物語の景色を“ゆっくり”と編み合わせる創造的想像は、青春18きっぷで旅することの1つの楽しさではないだろうか?

電車はこの島を縫うように走る。
人の生活が営まれている街を通り、木漏れ陽が射し込む山や森を抜け、広々とした田んぼを横切って、鮮やかな青の色彩を描く海のそばを滑るように進む。ガタンゴトンガタンゴトンと、一定のリズムを刻み続ける。

この時間を忘れたくなくて、真夏の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

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白井 耕平

白井 耕平

武蔵大学の人文学部2年。 アジア、アフリカが好きなヨーロッパ文化学科。 休学して世界一周していました。 旅関連の記事を発信していきます。 白井 耕平の詳細プロフィールページ
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