休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
【普通の私立文系大学生】が大学4年生後期からの休学と就活
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渡辺淳

1回目の記事“普通だった”MARCH大学生が留学を挟んで2回就職活動をした結果。

【大学1年〜大学3年–The 私立文系大学生–】

前回の学生時代年表通りいわゆる「普通の大学生」いやそれ以下の生活を送ってきた。
唯一充実していたのはサークルくらいだった。副代表というポジションで他幹部とともに協力し、運営してきた。いろんな大学からいろんな人が集まったこのサークルでは現在でもかけがえのない友人と出会う事ができた。たくさんの新入生を勧誘、学生パーティーの企画運営等もやっていた。それ以外に暇な日といえばもっぱら友人と酒を飲み、麻雀をし、クラブへ出かけという、まあ怠惰な生活を送ってきたわけである。楽しいし、なんとなく居心地が良かった環境、大学生活くらいでしかこんな事できないからいいやっていう謎の自己解決をしていた。毎日こんなんでいいのかなーとか留学したいなぁとかなんかでかい事したいなぁとかそんなモヤモヤを抱えながら。

 

【第一回就職活動—無能学生の後悔と気付き—】

そして、ついに大学生活も3年の冬が近づき就職活動を始めするようになってきた。幼少期から世界地図を眺める事が大好きだった/英語を話して仕事ができるなんてカッコいい→「海外で働ける会社、外国人と恊働できる会社に入りたい」そんな事を考えていた。まあ浅く薄っぺらな理由だった。そんなこんなで多くの会社のエントリーシート受付開始が迫っていた。いざ

エントリーシートを書こうとパソコンを広げてもなんっっにも書く事がない。

志望理由も薄く、過去の経験もサークルとアルバイトくらいで他の学生と一緒でTOEICも成績も平均レベル以下。そんな時、「どこの会社がこんな奴を雇うんだ?こんな状態で会社に入っても出世もできない普通のサラリーマンで人生終えるんだろなぁ」なんていう考えが頭に浮かんで来た。この時物凄い恐怖感を覚えた気がする。笑

(なんでもっと色々経験してこなかったんだろ。なんでもっと勉強しなかったんだろ。なんで考えた時に行動を起こさなかったんだろう。)

 

いつもそんな事を思いながら、リクルートスーツに袖を通して会社へ足を運んでいた。更に、そんな疑問を心の奥底に抱えながら悶々とした気持ちで就職活動の方針を変えだした。「逃げ」だった。
もうどこでもいいからとりあえず内定を取ろう。入りたい会社ではなく、自分が入れる可能性のある会社を選んでいた。そして、なんとなく皆が某業界を受けていたし、安定企業が多い、採用人数も多いから1社くらい内定でるだろっていう腐りきった考えで自分の人生を大きく左右する舞台に挑戦しようとしていた。

しかし、いざ面接のステップが進んでいくと実際に自分が会社に入った事を想像する。

全然興味がない会社、将来がわかりきってしまうこれからの自分の人生。
周りからは「会社入ればなんとかなるっしょ」とか言われたけどなんとかなるんだったら、こんなに自殺率高くないだろとか思っていた。

本当になんとかしないと。どうしよう。今更後悔しても遅いとか早いとかの問題じゃなくて、とにかく社会に出る前にたくさんの

武器

を身につけたい。そしてどんな戦場でも戦い抜ける力をつけたい。

 

そんな事を考えているとある時、踏ん切れがつく。

 

 

 

[休学/留学に踏ん切れたきっかけ]

決断をした時に、上記のような考えがあっただけではなく、あらゆるきっかけがあった。ざっくりわけて下の3つである。(本当はもっともっとあるのだが割愛… Twitterあたりで更新していこかな)

1.地元宮城県の震災
2.Twitterやfacebookからの情報
3.友人と家族

1.地元宮城県での大震災

就職活動を中断し、留学をしようと考えたきっかけに関連する事だけを超簡単に書いていきたい。

→何もできなかった自分:地元がめちゃくちゃになった。何とかしたいけど地道な作業くらいしかできなかった。こんな時に大きな影響力を持って動ける人達(それはお金でも現物でも人でも)のようになりたいと強く思った。

→世界中からの支援と感謝:世界中から復興のために支援金やボランティアがきた事に感動して泣きそうになった。いつか日本だけではなくて世界の人々にたくさんの影響を与える事で何かしらの形でリターンをしたいと思った。

→情報は日本からだけではなく世界から:震災当時により正確な情報を収集する事に苦戦した。日本のメディアが本当に正しいかわからない状況で海外のメディアからの情報収集を行なった。この時に英語の必要性を改めて考えさせられた。

2.当時流行りだしたTwitter/facebookからの情報

→全く自分と違う考えや生き方を知る:SNSを通して様々な人の考え方や生き方を見つけた。留学をしている人、インターンをしている人、起業をしている人etc…。そんな人達の生き方がなんとなく羨ましくかっこいいなんて思う一方でこんだけたくさんの人が経験しているから自分でもできる気がした。できる気がしたというよりも「やらなきゃいけないんじゃないか」と感じた。

→同じ日本人でも多様な経験をしている人が大量に存在している事に気がつく:今まで敷かれたレールをただなんとなく歩いて来た自分の人生ってなんなんだろ?と考える。人生一度きり、自分も何かやらなきゃ絶対に損だって事を思い始めた。

→フィリピン留学の存在:Twitterでフィリピン留学の存在を知る。1ヶ月/10万円、しかもマンツーマンレッスンが4時間!安い、効率的に勉強ができると確信。しかも大好きな新興国、当時はあまり日本人がいなかった+良い意味でも悪い意味でも適当な国なので、勉強以外にも何かしらできるんじゃね?とか漠然と考えていた。

3.友人と家族

→突然海外へ飛び出した親友たち:自分が本格的に就活を始める前に親友たちが海外へ突然留学を始めた。学年は違えど、不思議な焦りを感じた。今までずっと一緒に遊んでいた友達が突然英語を話せる様になって、考えも変わってどんどん成長していくんですもの。就活うんぬんと言うより、これから自分とは全く違う人生を歩んで行くんだろうなぁなんて事を考え、妙な不安感に陥った。タイミングがどうあれ自分も動かなきゃ、もっと成長しないといけないと感んじた。

→津波で家を失った祖父母:留学しようと思ってるなんて言える状況ではなかった。でも自分の想いが強かったという事、反対されるなら行くのを辞めようという事は心に決めていた。が、思わぬ言葉が返って来た。「英語を学びたいなら行けば良い。震災とあんたの人生は関係ないんだから、こっちは大丈夫だから気にしないで思う存分勉強してきなさい。」目から汗が出そうになった。この時、自分は必ず留学して絶対に結果を出すという事を心の中で誓った。

 

そして…

 

「そうだ。一回就活なんて辞めて休学しよう。なんでそんなモヤモヤを抱えて、

わかりきった薄暗い階段を自ら上がろうとしてんだ。1年間自分と向き合って、

やると決めた事を全て実行してみよう。それも海外という全く違う環境に身をお

いて」

 

 

次回

【留学前の目標設定と何故フィリピン留学?】


 

 

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【番外編】

こんな事をよく友達や家族に聞かれた。

その決断は怖くないの?

留学しても就活がうまくいく保証なんてないでしょ?

しかもフィリピン留学ってなに?そんなとこで英語身に付くの?(笑)

 

以下答え。

その通りだった。正直怖かった。4年からわざわざ休学して留学行ったのになんにも変わってないじゃん。って周囲から言われるのが凄く怖かった。周りにフィリピン留学経験者なんていなかったし正直どんくらい英語ができるようになるかなんて未知だった。

でもそんなことより“あの時留学しておけばこんな人生にならなかったのかのもなぁ”なんておっさんになってまでずっとずっと引きずっていそうな自分の未来の方が余程怖かった。やらない後悔よりやる後悔のほうがベターって考え方すかね。

加えて、そんな逆境だからこそ自分の100%を出し切れるというよりかは出さなければいけないと思った。

あ、フィリピン留学の英語に関してはこの後書いていきます。
 

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渡辺 淳

渡辺 淳

明治大学5年半。就活を中断し、フィリピン留学/フィリピンでインターンを経験。帰国後また就活。2014年から社会人予定。「思考停止」をせずに考える事の重要性を伝えていきたいと思います。 渡辺 淳の詳細プロフィールページ
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