休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
【休学したいの?】休学によって失うものを考えたことはありますか?
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休学によって失うものとは?

このブログを読んでいる方は、少なからず”休学”に興味がある方が多いのではないでしょうか。自らの意思で休学する学生が多くなってきている昨今、休学の時間で得られるものは多いです。

しかし、休学をして失うものも少なからず存在します。その失うものを考えた上で、休学の決断をすることはとても重要。もしかしたら休学をすることで大事なものを犠牲にしてしまうかもしれませんよ?

今回は、その休学で失うものについて考えていきます。内容は、現在休学中の山形 晃平さんの個人ブログから見つけた1ページを引用させていただきました。ぜひ、ご覧ください。
 

テーマ『あなたは何を犠牲に休学しますか?』

こんにちは!山形です。

今日は前々から書こうと思っていた「休学」について僕が思うことを少し書きます。

僕は京都の大学4年生なんですけど、大学生をやってて、「休学する人めちゃ多いな」しかも「最近どんどん増えてる気がするな」ってことをすごい感じるんですよね。

いわば『休学トレンド』ともいっていいような流れがあると思います。

現に休学してる or 休学してた僕の友達だけでも数十人はいるし、

文部科学省が出している『学生の中途退学や休学等の状況について』という資料によると、平成24年度休学をした学生は2.3%(67,654人)とのこと。これは平成19年度比で約1.3倍の割合。(データちょい古いですが、これが最新データっぽいです。)

なお、平成24年度の休学者のうち38%ほどの人は病気や経済的な理由などで仕方なく休学をしており、それらを差し引いても、1.4%(42,284人)くらいの学生が休学している。このデータからもう5年も経っているからおそらく今はもっと多いはず。

そんな現状をみていて、強く思うことがあります。


『みんな、ほんとにちゃんと考えて休学できてるの?』

もっと厳密にゆうなら、

『休学によって失うもの、しっかり自覚できているの?』

という疑問です。

実はこんなことを書いている僕自身も、今1年間の休学をして、日本での長期インターンとアメリカの大学への留学をしている休学勢の一人なんですが、自分も休学していろいろやってる身として、休学を考える人にそれがベストな選択かきちんと考えてほしいなあなんて思ってます。(※念の為に書いておきますが、僕は休学することに対して反対しているわけでは全くなくて、むしろ、有意義な休学ならどんどんすればいいと思ってます。問題視しているのはその選択をきちんとできているかどうか。その前提の上で読んでください。)

昔と比べてどうなのかはよくわからないんですが、少なくとも現在は、就活において、(休学中の活動は別にして)休学をしていたという事実自体は特にマイナスにはならないだろうし、休学をしている人も比較的身近だからこそ、休学へのハードルもかなり低いはず。

そして、休学をしてなにかに打ち込んでいた人の中には魅力的な人もいっぱいいるから、そんな魅力的な大学生にあこがれて、少なからず「休学ありかも」などという思いを持つ人もいるかと思います。

そんなこんなで、休学者は増えてきているんだと思うんですが、正直なところ、休学によって得られるものしか考えていない人、そして、大学時代というスパンの中での最高の自分をつくるために休学を決意する人が結構いたりするんじゃないかような気がしています。

休学によって得られるものしか考えていない人は、休学という選択肢によって失うものが見えていないし、

大学時代というスパンの中での最高の自分をつくるために休学を決意する人は、休学という選択肢が人生の長いスパンにおいて最善なのかどうかを考えられていない。

休学という選択だけに言えることではないですが、その選択をすることで失うもの、人生における機会損失をどこまで考えられてるのかは人生においてものすごく大切なことだと僕は思っています。

というのも、その選択による犠牲を認識することは、その選択が最善かどうかを確かめるだけでなく、選択の覚悟をより強固にするからです。

休学についてもまさしくそうで、休学で失うものを自覚することで、休学による本当の利益を認識でき、休学をするとしても、その決意をより強固にして自分を後押ししてくれます。

実際にどんな犠牲が伴うのかは人にもよると思いますが、いくつか例を挙げてみようと思います。

 

まずは、生涯賃金について。

一年休学をするとなると、基本的には社会に出るのが一年遅れます。それによってもちろん生涯賃金も減ります。

それは当然わかっていると思うんですが、そのイメージが少しズレてる人も少なくないんじゃないかなと思ってます。

僕が思うに、イメージとして、社会人になるはずだった最初の一年がなくなるイメージを持っている人が少なからずいると思っています。

しかし、本当に失ってるのは最初の一年ではないです。どちらかというと犠牲にしているのは最後の一年。

すなわち、賃金でいうと、一年社会に出るのを遅らせることで、初年度の年収を失っているのではなく、退職の年の年収を失っているということ。

退職の年の年収が800万としたら、休学で一年社会に出ることを遅らせることで800万を自動的に失ったという考え方が妥当かなと思います。

留学などをする人は、休学中にもかなりお金がかかるだろうからさらにお金を失うことになるはずです。

 

他には、一年早く社会人になることで得られたであろう機会の損失

休学の一年より社会人の一年の方が学ぶことが多い可能性は大いにあるし、社会人をはやめに経験することで、より速やかに次のキャリア(大学院進学や転職、昇進)につなげ、よりはやく自分の目標や夢に近づける可能性もあります。

学生のうちに何ができるかにとらわれすぎている人は、社会人になると何ができるのかの検証をしっかりしたうえで、休学がベストなのかを考えるべきかなと思います。

また、 もし自分の興味分野(AI、IoT、再エネ、ブロックチェーンなど)が絞られていて、その市場が今かなり旬な市場の場合、一年遅れるだけでも市場の波に乗り遅れる可能性があるんじゃないかなとも思っています。

特にベンチャー企業などなら、一年違うだけで経験できることが全く違ってくるようなケースもでてくるかもしれないですし、会社によっては、その年に入るからこそ、見れる世界や得られるものがあったりする場合もあるはずです。

こういった機会損失やその可能性は考えればたくさんあるだろうし、その可能性をはかり切れないものもたくさんあると思います。

休学を考えている人は、是非一度、休学によって失うものを考えてみてください。失うものの可能性をはかり切れないなら全力で調べてみてください。

それをすることで、休学という選択の重みを理解でき、休学するにしても、覚悟を持って有意義な休学生活を送れると思います。

 

悔いのない休学を

いかがでしたでしょうか。失うものの例えとして「生涯賃金」と「機会の損失」が挙げられてましたね。そのくらい承知の上だよ、と思っている方もいると思いますが、休学を検討している方はもう一度よく考えて悔いのない休学をして欲しいです。

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都丸 翔平

都丸 翔平

休活ブログ運営、ライター管理・編集・デザイン担当。群馬県渋川市出身、東京都中野区在住。普段はライター・編集・SEOコンサルをしています。都丸翔平の詳細プロフィール
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