休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
【休学×東南アジア】カナダ留学と世界一周をしようと思った理由。
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ラオスでの開校式

 
前回記事はこちら。【休学×キッカケ】休学前はこんなことしてました。

 
 
「じゃあ1月30日にラオスのルアンパバンの国際通りの郵便局に18時集合な!」 
 
 
国際協力団体「夢追人」の活動で無事ラオスに小学校が建設させてもらえることができ、
僕らは開校式に参加することとなりました。
 
 
しかし参加者全員が同じ飛行機には乗れない。

そこで出されたのがこの現地集合、現地解散案。
当時大学2年生。こんな感じでターニングポイントとなる旅が始まりました(笑)
 
 
 
当時の僕は英語なんてほとんど話せないし、聞き取るのでいっぱいいっぱいという状態でした。
だからラオスまでもほとんど一緒に行くことになったメンバーに任せっぱなし。
たぶんメンバーがいなかったらたどり着けなかったと思います。
 
 
メンバーのおかげで無事ラオスに到着!!
 
 
 
そしてその翌々日には開校式にも参加しました。
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「人生最高の日」と言っても過言じゃなかったです。
大学1年生の春休みから活動して、たまには批判とかもあったけど、最終的に「(学校ができて)天にも昇る想い。」なんて子供たちに言われたら。
 
 
 
 

日本人は英語ができない

そして開校式の後、メンバー数人とラオス・タイ・カンボジア・ベトナムの1ヶ月間バックパッカーの旅がスタート!
 
ある日ルアンパバンでたまたまある台湾人に出会いました。彼は日本の大学に1年間交換留学に来ていて、日本語はもちろんのこと、英語、中国語、スペイン語、ポルトガル語もできるというスーパーマンでした!
 
 
そしてそんな彼に誘われて世界中のバックパッカーと共に夜ご飯を食べることになりました。
 
もうそれは盛り上がったのなんの!
 
 
日本人を除いてね!!!!
 
 
いや聞き取れはできるんですよ!でも全く話せない。話せても短文。ジョークで笑いを取るなんてなんて夢のまた夢。
穴があったら入りたいというか、もうお開きにして帰りませんか?という悲惨な状態(笑)
 
 
あれだけ学校で英語を勉強して来てなんだこの有り様は。
 
もうめちゃくちゃ悔しかったです。
みんな(日本人以外)が笑っていても分からない。だから愛想笑いで苦笑い。
 
 
 
その後の旅でも英語力がないばっかりにトゥクトゥクのおっちゃんともめるわ、中学生にも騙されかけるわという状態でした。
 
 
 
 

東南アジアのエネルギー

英語に苦戦しながらも旅は続きました!

東南アジアって行く前は熱帯の木々が生い茂っていて、夕日と川がきれいな国々なんだろうと勝手な予想をしていたのですが、そんな僕をいい意味で裏切ってくれたのは間違いなくタイです!
 
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バンコクの飛行場の地下には街の中心部へ繋がる地下鉄もあるし、切符も紙製ではなくコイン製。
当時はまだ珍しかったwi-fiもゲストハウスやレストランは完備。
街も思ってた以上に都会だし、マクドやスタバ、それにセブンイレブンもある。
 
wi-fiに関しては日本以上に整っていたと思います。
 
 
そして何よりも、どこに行っても活気がある!!
 
トゥクトゥクのドライバーから学生、露店のおばちゃん、クラブの若者から道端で会うおっちゃんまでありとあらゆる市民が!
 
これはタイだけに限らずカンボジアもベトナムもでした。
 
 
ここでふと、「このエネルギーあふれる東南アジアの人たちが、例えば10年後にはどうなっているだろう?」と思いました。
 
 
外国人観光客に慣れてるから、中学生でも物おじせずに英語が話せる。
今はこういう観光客相手の商売だけど、グローバル化が進んだ時に彼らと勝負したら勝てるのか?
不景気と言われてるけど、日本はなんだかんだで新卒一括採用というシステムのおかげで「今は」職がある。
でも遠くない将来を考えた時に日本人に仕事は存在するのか?
 
同じアジア圏の成長する国々を見てそう思いました。
 
 
「非常にまずいなぁ。」そして「休学して英語留学をしよう!」と
 
 
 

帰国3週間後

そんな東南アジア1ヶ月の旅から帰国して、この旅で思ったことをまとめようとしていました。
 
しかしながら、そんな矢先に起こったのが311でした。
 
 
関西に住んでいた僕は直接的な被害はなかったのですが、未曽有の大震災ということがありショックを受けたことを覚えています。
 
「今まであったものがあっという間に消えた。
何が幸せなんだろう。これから価値観は変わるんじゃないか。」
 
 
特にラオスも見てきた僕には思うことがありました。
 
ラオスはタイに接していながら未だ多くの自然とのどかな様子を残しています。
隣国に比べると首都のビエンチャンですらまだまださびしい街といった感じです。
それもそのはず、ラオスのGNIは500円ほど。
 
ただ、貧しい国なのかというとタイやカンボジアのように物乞いがいるわけでもなく
自殺率も年間1人いるかどうからしいといった状態です。
 
一方、その年に就活をする予定だった国の自殺率は年間3万人。
これは15分に1人いう割合です。

 
 
これだけ裕福な国なのに!
 
 
「英語」や「東南アジアのエネルギー」といった点で休学をして留学をしようと思っていましたが
帰国後に311を受け、ここに「幸せとは何か」というキーワードも入ってきました。
 
 
 
 

休学の決断。そして出発

 
その後、たまたま世界一周を学生でもできるということを知り
「それなら世界一周もしよう!」と変わっていきました。
 
1ヶ月4ヶ国の旅でここまで考えることがあったのなら、1年数十ヶ国ならもっと色々考えるに違いない!
 
あとは個人的にも今まで将来やりたいと思うことが1つもなく、このまま就活をしたら一生間違った方向に行くのではないか。それなら一旦ここでストップをして将来のやりたい仕事を考えるべきじゃないかとも思っていました。
 
 
そして旅のテーマを「幸せについて考える旅」として
共産主義国のキューバ、宗教のイスラエル、生と死を考えるためにインド、そして幸せの国と言われるブータンをメインに一周して、幸せや仕事や将来について考えようと決意。
 
 
 
そして大学3年生が終わると、1年間を休学してまずはカナダへと向かいました。
 
 
次回記事はこちら。【休学×カナダ渡航】まさかの入国拒否
 

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宮崎 健太

宮崎 健太

2012年の大学4年進学と同時に1年間休学。カナダのトロントに2ヶ月間の語学留学の後、そのまま7ヶ月間間の世界一周に行ってきました。この旅で行ったのは24の国と地域。長期海外経験者と未経験者の交流会「ギャップイヤー交流会」代表。 宮崎 健太の詳細プロフィールページ
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