休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
ひたすら続く日々を異国で一人こなしていく、休学ライフ。海外インターン。
このエントリーをはてなブックマークに追加

どこにいても、生活に慣れると、とても生きやすくなる。

長かった休学生活も残り2ヶ月半となるとそれなりにこなせるようになってきて、自分と向き合う時間、それを持つことが少しだけ億劫になってくる。

思考が止まっているのも実感するけれど、川の流れのように揺蕩うときもあれば、流れに身を任せて通り抜けてしまうことも大切だと実感する日々。

ネガティブな感情と共に思考が加速する自分にとっては、今は何も感じずに流れてしまうのも悪くない。

 

今までブログには、僕の休学を通しての大まかな考え方、感情の偏移について書いてきた。

一度しっかりとした自己紹介をしておくべきなのだろうけれど、今日は自分の休学中の活動について、インターンシップについて書いてみようと思う。

以前の、内面の変化についての記事はこちらをご覧ください。

世界どこでもは”wifiの通じるところに限り”世界どこでも。

続き

高校二年。ぼくはある本に出会う。今日は、その話をしよう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今僕は、ベトナムホーチミンの日系企業で半年に渡るインターンシップをしている。

仕事上、日本語を流暢に話せるベトナム人と関わることが多い。

彼らの多くが工業系、まだ日本が工業製品で世界に名を馳せていた10年ほど前に、エンジニアの研修生として日本に来ていた。彼らの多くは3年から6年ほど、日本の各地で研修を経て、それで母国ベトナムに帰ってくる。そのまま残って、日本で働き生活する人も多い。帰ってきた人の多くはそのままエンジニア系の仕事に就くか、日本語を生かして、日経の企業で働くなどする。

こっちの学生アルバイトの時給は、10000VNDから。

日本円にすると40円ほど。

お弁当がひとつ20000VND、路上で売ってるベトナムコーヒーを8000VNDほどを考えても、低い。

僕が住む東京では、学生のアルバイトは時給1000円程度。

 

その開き、おおよそ25倍。

 

ベトナムといえど、最近は全体的に物価が上がりつつあるし、ホーチミンに田舎から出てきた学生にとって食生活に、家賃、学費を稼ぐとなると、それはそれは、大変なものなのだ。

そこでは、その人の能力が給料に直結する。

英語が喋れる、日本語がしゃべれる、特定の技能を持っている。

日本のような試験の点数、学生時代にやったこと、とは違う。

しゃべれるかどうか。出来るかどうか。というものがダイレクトに反映される。

過去の自分の努力の量が、そのまま人生の質に反映される。

 

では、日本はどうだろうか。

ほとんどの学生が大学に行く。

そしてほとんどの学生が、だれにも言われることなく、偏差値の高い大学を目指す。

だから、どう。とかではない。

ある一定以上社会が成熟した国では、しょうがないことなのだと思う。

とりあえず潰しがきくから。なんとなく、いつの間にか大学生になっている。

だからこそなのか、そこにいる意義を見いだせない大学生が多い。

そして、学ぶための機関である大学をわざわざ飛びだし何かを学ぶために休学する奴らが増えていく。

学ぶための場所を、わざわざ飛び出して。

何とも、矛盾だなと思う。

休学。いつかそれさえも一般化される。

そこには何が待っているのか。

 

日本に6年間いたベトナム人は、時給1500円で、とにかく死ぬほど働いていたらしい。月に34万円。それを6年間。

ベトナム人から考えたら、半端ない高額な金額だ。家賃とかを差し引いて、月20万はためていたという。

その時のお金で、彼はこの間家を買った。

その当時の彼にとって、とにかく日本は魅力的だったという。同じアジアで、しかし高水準で生きる国日本。

持ってかえれば裕福に暮らせるお金をいただきながら、経験を積みながら、6年。多少の寂しさを抱えながらも、楽しかったという。

日本人が海外へ研修へ行って、今の何倍ものお金を手にしながら働ける国はあるだろうか。

残念ながら、アジアにはない。日本はとうの昔に高い水準に到達している。

そうなると、海外で研修、インターンをすることには何の意味があるのか。

 

自分の話に戻ろう。

今、自分は月に2万円ほどをいただきながら生活をしている。ベトナムの水準と同じくらいのお金。

生活費を差し引いてそのお金を貯めたところで、日本でバイト2日で稼げる額にも満たない。

お金というインセンティブを引いたとき、そこには知的好奇心を埋めてくれる経験が残る。

ベトナム人の上で働くこと。

ベトナム人の下で働くこと。

それに始まり、ここベトナムで一人暮らしをして、現地の水準で首まで現地色に浸かってみること。

それが、自分の知らなかったことを、たくさん教えてくれる。

その快感は、なんというかお金には代え難い。

 

自分のやっていることは、ほかの休学者に比べたらとても地味なものだ。

世界の美しい景色を見たわけでもない。度重なる苦しい境遇に身を置いたわけでもない。

ただここベトナムで、現地の人に混じりマーケットで買い物をし、安い食材を求めいくつものスーパーをはしごし、そしてベトナム人と騒いだりする。

別に日本でも、できることをそのままそっくりこちらに持ってきただけだ。

でもそこには、少しの間観光地をめぐって、上澄みをすくうものとはまた違った、リアルな生活がある。

だからこそ、今まで思うことも多かった。このブログでもそこで感じた自分の内面の変化について、少し後ろ向きに語ってきた。

 

移動を重ねずひたすらただ地味に、戦うこと。

自分探しの旅をしたい、そう言って少しの憧れもあり休学を考える人も多いだろう。

もしも旅行を繰り返すお金を貯めるのがむずかしいなら、また貯めるために1年を棒に振ったりするならば、

海外インターン、海外で働いてしまう。というのも、手なのではないか。

そこには、美しい風景も、感動もない。

ひたすら続く日々を異国で一人、こなしていかなければならない。

その厳しさの中で自分が見えてくる。

 

そんな休学ライフも、悪くはないんじゃないか。

The following two tabs change content below.
川上 海渡

川上 海渡

早稲田大学の川上海渡です。 海と、コーラが好きです。「少しだけ、僕に時間をください。」 一年間の休学、前半はフィリピンにて語学留学を、今はベトナムでインターンをしながらひとり暮らしをしています。 川 上海渡の詳細プロフィールページ
このエントリーをはてなブックマークに追加