休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
【ギニアビサウ】旅の小話@ジャングルロード【ギニア】
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早朝の薄明るい日差しが、遥か暗天の向こうからほのかに差し込む。
ここがもしカリブ海のリゾートビーチなら、それなりに幻想的な風景を作り上げるのだろうが、僕が座り込んで朝を待つ“ここ”の景色は、タイヤやプラスチックの箱が燃えてドス黒い煙があちこちでモクモクと立ち昇り、その黒炎に更にゴミを投げ込んでいる人だかりと、生ごみやそれに群がるネズミを狙って空から落ちるように降りかかる大きなハゲタカが数羽。地面はゴミ屑にまみれているが、ぬかるんでいないだけマシかもしれない。
 ここは西アフリカの小国ギニアビサウのGabuという町にある長距離タクシーの発着所だった。そして僕は朝7時出発と告げられたタクシーに乗るべく、こうして早朝からこの混沌とした「発着所」と言う名の広場の片隅に居るわけである。周りではここで夜を過ごしたのであろう、出稼ぎ労働者らしき人たちが布にくるまっていたり、その場で火を起こして何かを煮炊きしていたりする。野外なのに至る所で煙が上がっているせいか視界に靄がかかって、しかも薄暗い分だけ周りの雰囲気は異常に怪しく、大きな羽を不気味にはばたかせるハゲタカ数羽がそれを助長しているように思えた。
 目当てのタクシーが来ると、値段交渉に入る。ここはポルトガル語だが、数字での交渉だからなんとでもなる。そんなことより、大事なのは「いかに定価で乗るか」これである。同じ目的地である他の乗客と相乗りなのにも関わらず、自分だけ2倍の額を出していたなんてことにならないように、交渉は最後の一人になるまで待つ。そして全乗客の支払った額を確認して(ここにも差がある)、荷物代+乗客代のアベレージを算出。最初からアベレージ額を提示したら吊り上げられるのは見ているので、その半額ぐらいでこっちからふっかけて、向こうに「No」を言わせて平均的な値段で折り合いをつけさせる。そんなことを、数字とボディランゲージだけでなんとかやっていた。
 今日はギニアビサウのGabuからギニア(ビサウとは違う国)の首都コナクリまで行く予定だったが、先にギニアに入国した相方から事前に「これまでで一番ハードだから気をつけろ」と言われいるわけで、気を滅入らせるよりは半ば「どうにでもなれ」なんてホザいてる方が楽だった。まぁ、ここまで来たんだしハードって言ってもね。と思っていたのも事実だ。

 「タカを括って」いる僕の予想の、遥か斜め上を行くのがアフリカ。
辛うじて窓際の席が取れたから良かったのものの、座席一列に5人が詰め込まれる。言うまでもなくギュウギュウ詰めだ。日本でこんな状況になったら「気まずい」なんてもんじゃないだろう。だが、ここはママ・アフリカだった。僕よりも見た目2.5倍は大きいおばちゃんの懐に潜り込んで寝る事が、なんの気も使わずに許された。しかしここまではこれまでも何度も経験してきたことだった。「またかよー」の域を出ない。
 走り出して1時間ぐらい経つと本格的に田舎道に入ってくる。「田舎道」と聞くと日本なら旧き良き田園風景だろうか?こっちなら藁か何かで覆われた屋根に土壁でできた円柱の家が集まる集落に、濃い緑が生い茂る深い森と細い小川のほとりで子供たちが素っ裸で水浴びをしている風景だろうか。ジャングルの名にふさわしい森の中をタクシーは蛇が這うように進む、それも運転手は容赦なくトップスピードで飛ばす。左右に揺れるのはもちろん、赤土の地面は大きな水たまりがクレーターのように深いへこみをいくつも道の上に作っていて、そこに突っ込む度に車内は縦にも揺れるからワケが分からない。現地人も怒り出す乱暴な運転と、最悪の泥道。
 あっちゃん(相方)が言ってた事はこのことか-・・・!
アメリカ映画のカーチェイスが土下座するジャングル・オフロードの爆走が始まった。
行けば行くほど、真緑の森林が覆いかぶさって、野生動物の気配すら感じそうな中を「これでもか」とオンボロタクシーは疾走する。エンジンから火が噴くのも時間の問題じゃないだろうか、車の内臓からヤバい音と振動が止まらない。あまり不安がってもしょうがないなと、そう思う事にしてイヤホンを耳に突っ込んでipodのスイッチを押した。壊れてるから画面は映らないけど、音楽はランダムで流れる。
 窓から身体を乗り出して、視界の中で緑の残像が溶けていく風景を眺めながら、吹きつける爆風の中でここアフリカを駆け抜ける感覚に何とも言えない興奮を感じた。深い水たまりに時折車が突っ込むと、窓から身体がはみ出ている僕は赤い泥のしぶきをモロに浴びなければならない。僕のipodは壊れてるくせにやたらと空気が読めるヤツで、こんな血沸き肉躍る雰囲気の中で、Kevin LittleのTurn me onを選んで耳元に流すからテンションは最高潮だった。リズムカルなスピード感とでも言おうか。たまらなかった。

この胸の高鳴りに従うこと以外に、一体何が必要なのか分からなかった。

経由地であるギニアのBokeに向かって進む途中で、一つ印象に残ったシーンがあった。
ジャングルを抜け、腰ぐらいの高さの草原が一面に広がっている場所に出ると、もうすっかり日没だった。時間など陽の傾き具合で判断するぐらいには僕もおおらかになっていた。
車は草原を真っ二つに割る道の途中で停車すると、全員が下車し出した。虚を突かれたとでも言うべきか、一体何が起きるのか分からない僕を見てドライバーは「お前はそのへんにいろ」と言った(ように思えた)。
 僕を除く全員が、適度に散らばって座り込んだ瞬間に「あぁーなるほどね」と思った。お祈りの時間だったのである。つまり異教徒の僕は関係が無いから「そこにいろ」なのだ。それにしてもこの時、僕は彼らが拝んでいる方向に立っているのは気が引けた為、さすがに彼らの下座(?)に移動して凝り固まった身体をほぐしていた。ぼんやりとした真っ赤な火の玉が、今まで潜り抜けてきた緑の大地の向こう側に落ちる。そして色とりどりの服を着た現地の人たちは祈りを捧げている。その後ろで僕はその“雄大さ”というべきなのだろうか、とにかく「大きくて、揺るぎない、なにか」としか言い表せないモノを感じたのは間違いない。
 僕がそんな感動に浸っていようと関係なく、タクシーは再び爆走を続ける。
ゆったりと流れる大きな川を渡し船で渡るも、自らロープを握ってみんなで引っ張ったり、イカツイお顔の軍人さんにあまり歓迎されていない空気でスタンプを貰って越境したり、まぁなんとかしながら深夜にはBokeに着いた。タクシーが集まって停留所にするような広場で、真夜中にも関わらず店を開けている屋台を見つけて数十時間ぶりのメシを食った。多分Gabuからこの先のコナクリに着くまで合計20時間ぐらいはかかるだろう。明日の早朝5時ぐらいに到着するのが妥当なのではないか、そんなことを考えながら蒸かした米に濃い味の野菜汁をぶっかけた食べ物にがっついた。いつだって、腹は減っていた。

そこから数時間、見事に舗装された道や背は低いがたくさんのコンクリの建物が並び立つ町中に放り出された。
文字通り「車から荷物ごと放り出された」のだ。まぁ手荒くはないが、ここがコナクリのどこかも知らせずに「降りろ」と告げられた。
寝起きのぼーっとした頭と重たいバックパックを抱えて、ギニアの首都コナクリの「どこか」に到着した。

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白井 耕平

白井 耕平

武蔵大学の人文学部2年。 アジア、アフリカが好きなヨーロッパ文化学科。 休学して世界一周していました。 旅関連の記事を発信していきます。 白井 耕平の詳細プロフィールページ
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