休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
大学生堕落時代
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前回記事:自他共に認めるダメ人間でした。
 

前回の記事で
「石井達也は自他共に認めるダメ人間である」
と記述させていただきました。

同じ大学の仲間は知っています。
私の堕落していた生活の日々。
常に誰かからバカにされるような毎日でした。
また、その生活に慣れてしまっていた自分がいました。

そんな自分が今では、同じ年齢の就活生に
「同い年に見えない!」
「考え方がしっかりしていてすごい!」

等々、ありがたいお言葉をいただくようになりました。

そんな過去の話。
今回はダメ人間であった大学1、2年生の頃。
そんな内容を紹介させていただきます。
かなり長くなりますが、ご了承ください。

まず大学生堕落時代をお話しするためには、
「受験生時代」からつながってきます。

中京大学との出会い

今思えば、中京大学でなければ今の人生はありません。
もしかしたら、この大学に入ることが運命だったのかもしれません。

高校生の石井君が行きたい大学の基準は
1.1人暮らしができる県
2.上手な人が少ないテニス部があるところ
3.経営的なことが学べる学部

受験勉強を始めたのは、3年の4月。
偏差値は30でした。
また当時理系だったこと、数学と理科が得意だったこと。
堂々と国公立の県外に行って1人暮らしがしたかった。
そこから導き出した第一志望は「北見工業大学」を狙っていました。
偏差値46、数学、理科を重視することも魅力でした。

しかし、センターの偏差値は35。
900点中、350点くらいでした。
英語はひどくて、リスニング8点+筆記42点でした。(250点満点中)

当然どこにも受からない。
国公立も無理、その中で「会津大学」のみ可能性がありましたが落ちました。
滑り止めの偏差値38の大学も落ちて、どこにも受からない。
今から応募できる大学もないところまで追い込まれました。
どこの専門学校に行こうかなと考えていた時でした。

テレビCMとの出会い、ギリギリ中京大学入学

当時、テレビCMでネット出願ができると放映されていました。
それをたまたま見ていた石井少年は

「あ~中京大学ネットで出願できるのか~……」

「ん?」

「待てよ…ネット出願…今から間に合うかな?」

この閃きは正しかった。
当時、出願締切2時間前でした。

その場で決断しました。

「お母さん~偏差値が低い経営学部出願するね~」

そして合格。こんな閃きと考えで大学を決めました。

心から楽しめない大学時代

無事に大学入学できたものの、何か違う。
友達もそれなりにできました。
テニスサークルも楽しい。
かくれんぼサークルも楽しい。
しかし講義がつまらない。やる気が出ない。
寝るかゲームをするか大富豪をしていました。

ただ出席していることが評価される大学のシステム。
聞く気がない学生達。
聞いてもらえない前提で話す教授達。

毎日の講義がつまらない。
講義から逃げて遊んでいるほうが楽しい。
こうして私は次第に大学へ行かなくなってしまいました。

そして5月からほとんど大学に行かなくなる

眠たくなったら寝る。
起きたくなったら起きる。
その時間が学校に間に合う時間であれば行く。
現地に着いて教室に行くかどうかは気分による。

こんな生活のおかげで春学期の単位は9でした。
親にも怒られ、先輩や同年代にもバカにされるようになりました。
(あまり気にしていなかったですけども…)

また、この年の秋学期は彼女ができたこともあり、
学業も本気を出してほぼフル単の21単位を取得。
1年で合計30単位というまずまずな数字までにもっていきました。

友達に大好きな彼女を略奪され、軽い人間不信状態に

今思えば、これで自殺をしようと思っていたことが懐かしいです。

あれは2012年3月、突然彼女に別れを告げられました。
もともと彼女に依存していた私はすぐに立ち直ることができませんでした。
ただでさえ苦しい状況の中、さらにつらい出来事が

突然、友達に呼び出され
「俺、あいつのことが好きなんだよ…」

話しを聞けばすでに付き合っているとのこと。
顔を下に向けたまま、申し訳なさそうな姿で
友が私にそう言いました。
自分でも不思議ですが、怒りという感情はなく
その時はむしろ、

「俺は彼女を幸せにしてあげることができなかった。けど、その代わりにお前が彼女を幸せにしてあげてくれ。頼んだぞ。」

とか今思い出せば恥ずかしいことを言っていた記憶があります。

それでも状況が理解できないままでした。
しかし、現実は示していました。
私は友達に彼女を略奪されていたみたいだということを。

当時はシャレにならないくらいひどく傷つきました。
もちろん私に全く非がなかったわけではありません。
悪いところが気づかないうちにたくさんあったと思います。

それでも、なんとも言えない。
どうしようもなくやりきれない、
そんな複雑な感情が消えるのには膨大な時間がかかりました。

毎日が無気力、自暴自棄

こんなことで私は負けない!
強く心に決めてはいたものの、大学で幸せそうな友人をどうしても見てしまいます。
楽しそうな笑顔。充実している姿。
その1つ1つが私の心が痛みました。
きっと彼はとてつもなく幸せなんだろうな。

そしてその愚痴をこの場では決して言いませんでした。

これを理由にはしたくないですが、
完全な無気力状態になってしまいました。
何に対してもやる気が湧かなくなりました。
毎日夜はすぐに寝つけず、泣いていました。
気がついたら朝になっていて、寝坊している。

切り替えたい、変わりたい。
けれどもできない自分が嫌いで嫌いで仕方ありません。
変わりたいのに、甘えてしまう自分。
できない自分。そんな自分をどんどん憎むようになっていき、
講義に出ない日々は続き、自分の将来に不安を感じるようになっていきます。

漠然と社会人として生きていく自信がなくなる

今の自分を欲しいと言ってくれる企業があるのか?
むしろ社会から必要だと言ってくれるのか?
自分が働く居場所はあるのか?

単位についてバカにされ続けるのもちろん。
ゼミもやっていなかった私は就職に大きな不安を感じていました。
むしろ大学を卒業できるにかさえわからない状態。

「もう私の人生は終わったな…」

大学生石井達也は、自他共にどうしようもないやつ。
更生なんかできない。
誰もがそう思っていたと思います。
まず自分自身が変われないと思っていたぐらいでした。

自分は社会から必要とされない人間である

本気で当時はそう思っていました。
「私は何の役にも立てない邪魔な人間だ」

この呪縛から解放させてくれたのは
「シドニー留学」でした。
そして第一回の記事に繋がります。

どれくらい私が堕落していたのか、
少しでもお伝えできれば幸いです。

あまり伝えることができなかったかもしれません。
このページを何度も編集して私の過去を残していきたいと思います。

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石井 達也

石井 達也

休学して愛知から上京し、ベンチャー企業で経験を積んでいます。私は自他共に認めるダメ人間でした。留学やゼミ活動で大きく考えが変化しました。2014年には起業を考えています。 石井達也の詳細プロフィールページ
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