休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
僕が読書をする理由
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 「自分は読書家である」
などとは決して言えない僕がこのようなテーマを書くのはかなり気が引ける。
しかし「休学が終わって、今何してるの?」と聞かれると「本読んでる」としか答えられないから、せめてそれについてでも書こうかと思った次第である。
こんなタイトルだと僕という人物が誤解されそうなので断わっておくが、GPA1.0を切るようなバカだ。
この記事のタグには「ぼやき」が付くはずで、そう本当にぼやきなのだから「頭の悪い子がなんか言ってる」程度に暇な人だけ読んでもらえればと思う。

 本を読む理由(こじつけ)を述べる前に、そもそも僕は読書が好きだ。
でも好きには度合いがありそれは人それぞれであると思う。じゃあどの程度かというと、例えば休日の午後をまるまる費やしてのんべんだらりと本を読み耽るとする。そしたらその一日は僕にとって充実した一日となる、その程度の「好き」だ。何か仰々しい題名が付いた分厚い書物をお読みになる方々ほどではない事を言っておく。
 どんな本を読むのかという話題にも触れなければならない。
かなり遡ると小学生低学年の時、絵本「タンタンの冒険」「西遊記」あたりを図書館の隅っこで読むのが好きだった。今振り返ると僕が旅に出た要因にはこういった部分が、実はかなり影響しているのではないかと思う。それ以降はサッカーにのめり込んでたのもあり、時間が無い事を理由に読みやすい小説ばかり読んでいたと思う。別にそれ自体が悪い事とは思わない。石田衣良、重松清、宮部みゆき、伊坂幸太郎とか、そういう普通に誰しもが手に取る作家の本だ。大学生になってから暇になったというのもあり「背伸び」ってやつをし始める。本屋で新書の棚の前をウロウロすることが増えたのだ。「新書程度で背伸びだなんて(笑)」と思わないでもらいたい。マトモに勉強という事をしてこなかった僕にとっては、新書というだけで既に背伸びの域だったのだから。ただしそんな僕であるから、たいして理解もできないままワケ知り顔に「ほうほう」とでも言いながら読めども、結局なんだったのかよく分からないなんて事が多々あった。とんでもないバカである、このへんは笑ってもらって構わない。
 「じゃあ今のお前はどうなんだ?」というツッコミを入れてもらえると次に進みやすい。ここまで繰り返し僕は自分の事を「バカ」と称してきた。そうだ、バカだった。そして今もバカだ。言いかえると、無知でボンヤリしてる学生。それだけが旅を終えた後の今、僕の手の中に残った唯一の実感である。誤解を招かないよう書いておくと、僕自身旅を通して良い思い出も良い出会いもたくさんあった、それは紛れもない事実だ。否定する気は一切ないし、ただの娯楽として楽しむ人だっていっぱいいる。それはそれで素晴らしい事だ。ただ今となってはよく分からない焦燥感に駆られていた当時の僕は、帰国する時には「何か」を持ち帰らねばと思っていたのである。旅中の僕は帰国の際には「きっと何かができる、何かを理解する事ができているようになるはずだ」という大変な勘違いを犯していた。帰国した結果どうなったかは上述した通りだ。何も分かっちゃいない事、何もできないという事、それだけが、まるでドスでも刺さったかように僕の腹の底をえぐっている。
「僕は世界を見てきたんだぞ、世界を知ってるんだぞ」などとは、たとえ口が裂けても嘘を強要されても死んでも言えない。休活BLOGで僕の記事を読んで頂いた皆様にここでお詫びしておくと、知ったような口ぶりの文章はまるで嘘とは言わないが、世界の全体像のほんの塵のカケラにしか過ぎない。

 さて、長くなったが以上の事を踏まえて「理由」を書いていこうと思う。
なんでこんなに長くなったかというと単純に暇だからである。そうあえて暇なのだ。既出の通りに僕は無知であるのだから、いくら勉強や読書をしたところで「やり過ぎ」などという事はあり得ない。しかし飲み会だなんだとやっていてはそのような事をしている時間が無くなってしまう。だから今は予定帳というモノが必要のない生活をしている。
『人文学部ヨーロッパ文化学科』これが僕のいわゆる「肩書き」であり、大学生なら誰しもが持っている学部学科の名前である。だからなんだと言われそうだが、これが面白い。
何が面白かというと

旅をした結果「何も知らない」という事が分かり、そして僕は実は前から「知れる」環境に身を置いていた事に気付いたのだ。

 こんな事は普通の学生からしたら当たり前な事だが、大学に対して意味を失っていた僕にとって新鮮な事実だった。しかも幸か不幸か一年生の時に大量に単位を落としていたがために、一から勉強することができる。帰国時に残された時間は3年間、今はもうほぼ2年しか残ってないがそれでもあと2年ある。ヨーロッパ文化学科だからといってヨーロッパに固執する必要は無い、しかしヨーロッパは例えばアフリカにとって欠かせない話なわけであるから、もうどっちだって学ぶべきである。また歴史に限らず文学、語学、思想、場合によっては政治や社会学に手を出して本を読み漁っても人文学部だとあまり咎められる事もない。「~入門」と書かれたこんな僕にでも読めるような、平易な言葉で書かれたモノを中心に様々な分野を横断して読むようにしている。

僕は無知だから学ぶべきだ。

その思いが経験から来る「実感」を伴って、僕の動機として存在している。

本を読めば、自分が見てきた物事に“深さ”と“奥行き”が生まれる。

本を読めば、自分が見る事ができなかった“時代”や“場所”の一端を知ることができる。

本を読めば、会った事が無い人の“考え”を知ることができる。

かの寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」というコピーは有名だ。

僕の場合「町へ出たら、書を拾った」

そんな気分で本を読んでいる。別に大した事でもなんでもない。

でもそのなんでもない読書が、これまでの僕の文脈上もっとも有意義だと思っている。

15usagi

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白井 耕平

白井 耕平

武蔵大学の人文学部2年。 アジア、アフリカが好きなヨーロッパ文化学科。 休学して世界一周していました。 旅関連の記事を発信していきます。 白井 耕平の詳細プロフィールページ
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