休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
2.「身内の死」と「貧困」を繋いだ【偶然】|アフリカ大陸に恋をした
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前記事はこちら⇒1.”じいちゃんの死”が教えてくれた、【きっかけ】で導く自分の夢

 

 「世界がもし100人の村だったら」

 sekaigamoshi

多くの人が耳にしたことがあるだろうこの1冊の本。

2001年前後から世界的に流行った、アメリカのとある教授が著した文章で

内容としては、この世界をひとつの村に例えて、

人種、経済状態、政治体制、宗教などの差異に関する比率はそのままに

人口だけを100人の村に縮小をして説明をしている。

1冊の本としては小学校6年生の頃に読んだことがあったが、その時は全く興味が沸かなかった。

 

 

2006年春

 

テレビでこの「世界がもし100人の村だったら」がドキュメンタリーとなって放映されていた。

 

取り上げられているのはフィリピンのスモーキーマウンテン(ごみ山)で暮らす少女の話と

アフリカのどこかの国の金鉱で、命をかけてお金を稼ぐ少年

そしてガーナのチョコレート農園で働かされる少年の話。

この番組を見た後、気付けば私は涙を流していて

理由の無い使命感が胸に突き刺さった。

 

「この状況をどうにかしないと」

 

世界的にみて豊かな国日本で、比較的裕福だと言える家庭で生まれてぬくぬく育った自分が

名前も知らない、想像もできないほど遠く離れた地で、

生きるために命を削って働く子供の現実を知った瞬間だった。

自分の知らないところで罪の無い人達が生きるために、命を落としていく。

同じ家には当たり前のように、両親や兄姉がいて

お腹が空けば食べたいものを食べ、病気になれば薬が手に入る。

こんな何不自由ない世界で生きていて、特別不満も無い私だったけど、この時はそんな自分に耐えられなかった。

なぜ罪のない人が、社会のしわ寄せで命を落とさなければならない?

大陸名でしか聞いたことのなかったアフリカ。

どこにどんな国があるなんて正直全く知らない。

全く違う肌の色をした、自分よりはるかに年下の子供が生きるために命を削る。

『貧しい場所なんだろうな。』

こんな感じの軽い想像が、映像になって飛び込んできた現実によって、確かなものになった。

 

そんな思いを抱えたものの、ごくごく一般的で何の変哲も無い平凡な高校生活が幕を開け

自分の命と引き換えにでも守っていきたいと思えるかけがえのない仲間もできた。

毎日バカみたいに楽しんで、やりたくない勉強をこなす。

そんな打算的とも言える毎日を全力で過ごしながらも、

頭の片隅ではどういう形でアプローチすればいいのかふわふわ考えていた気がする。

それを表すかのようにいつも、模擬試験の志望大学記入欄には

「看護学部」「社会福祉」の文字が並んだ。

自分の中で、看護師として途上国や介護の現地で直接人と関る方法と、

祖父母の出来事があっての社会福祉師としての道の狭間で揺れていたんだろう。

しかし、なんとなしの気持ちを抱いたまま浮上した看護師という選択肢には

生物・化学選択必須という壁が理系科目が苦手な私の行く手を阻み、

いつのまにか文系の道を進むことに決めていた。

そしておそらくこの頃から、自分の将来について漠然とした計画を考え出していたのかもしれない。 

 

そんな日々をがむしゃらに過ごしながら、2年生になったある日、

現代社会の資料集のあるページに出会った。

 

『世界の人口と食料問題』

と書かれたそのページの左側には

「世界がもし100人の村だったら」の文章が載っていて

ページの右側に、こんな地図を見た。

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その横には、こんな文章。

 

①世界には全ての人が食べるだけの食糧がある。

②8億人の人々が空腹のまま眠りにつく。

 そのほとんどが女性と子供である。

③2億人の5歳未満の子供が食料不足で痩せ細っている。

④栄養失調の子供は食料の欠乏で精神的な発達と肉体の発育が遅れている。

⑤飢えで7秒に1人の子供が死んでいる。

(※2006年頃発行の資料集の情報をそのまま掲載)

 

 

そして、その下には、こんな説明。

 

牛肉1キロを作るために

約11キロの穀物が必要。

豚肉1キロを作るために

約7キロの穀物が必要。

取り肉1キロを作るのに

約4キロの穀物が必要。

食肉のほとんどは、動物に穀物を食べさせ作り出される。

食肉1キログラムを作り出すのに、それよりも多い飼料が必要となる。

先進国で肉を食べることによって

発展途上国で必要な穀物を奪う結果になっている。

アメリカ型の食生活では、食糧が足りず、食糧危機になる。

インドや中国型であれば、十分に食料は足りる。

私たちの食生活を一度見直してみてはどうだろうか。

 

 

寝ぼけていた頭が一気に冴えわたって、心臓をぎゅっとつかまれた感覚になった。

 

『あたしにはまだ知らない世界がありすぎる』

 

絶望とも希望とも表現できない感覚に襲われて、この状況をどうしても改善したいと思った。

私たちが先進国である日本で生活することで、誰かの生活を苦しめている。

(私たちが、彼らの命を脅かしてるんじゃないか?)

という感覚が頭の中によぎった時、あの日に映像で見た男の子を思い出した。

そして、もう一度地図に目を向けて気が付いた。

『アフリカに栄養不足の人口が偏っている』

この気付きが私に決定的な何かを気付かせ、今後、ぶれることのない軸へと変わった。

この瞬間から、アフリカという地域は私を魅了し、

その興味関心に突き動かされた私は、自分でも発展途上国だとか貧困について調べるようになった。

今まで勉強というものにほとんど興味を示さず、”やらされる”勉強しかしてこなかった私に

自分の意思で本を手に取り、知らないことを知るということがこんなにわくわくするのか!と教えてくれたのは

他でもない、このきっかけを与えてくれた、アフリカの大地にすむあの男の子だったんだろう。

choco

週末に地元図書館に行ってはアフリカ、東南アジアや中南米など

世界で貧しいといわれる人についての本を読みあさり、

知らない世界を見てわくわくするのと同時にすごく複雑な気持ちに襲われる日々が続いた。

 

『平和ボケ大国日本といわれているように

基本的人権はあるし、普通教育が受けられて、

文字が読める、蛇口を開けば透明な水がでる

こうやってインターネットを使用できる環境で

なによりも、コンピューターやテレビ、携帯電話などの

電化製品に囲まれて生活しています。

考え方を変えると、私たちがその貧困にあえぐ人に生まれる可能性もあったんです。

しかし、今この豊かな国に生まれた意味は何なんでしょう?

世界中で軍事力のために使われているお金をすべて、平和活動に使うことができたなら、

また世界は変わると思います。

私にはなにができる?

その何かが学びたいから、明日、大学受験のために近畿を離れます。

絶対に受かってみせる!

1人でも多くの人の笑顔が見れるように自分の力を尽くしたい。』

 (※2008年11月の日記から。)

 

この出来事がきっかけとなって、大学で

「根本的な貧困解決の方法を学びたい、制度として貧困改善に関りたい」

と政策を学ぼうと決意し、現在の法経学部総合政策学科の門を叩いた。

次の記事はこちら⇒3.【期待】を裏切る【現実】|想像を体感する大学生活のはじまり

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中上 亜紀

中上 亜紀

高校の頃からアフリカに憧れていて千葉大学を3年生の後期に休学し、モザンビーク行っちゃいました。好きなことは話すこと。好きなものは人。 現在はマラウイで活動中。 中上 亜紀の詳細プロフィールページ
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