休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
9.【HIV・結核・マラリア】伝染病という命を蝕む病気たちinモザンビーク
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前回記事はこちら⇒【マラリア・コレラ欲張り放題☆】なぜアフリカ大陸は魅力的なのか?

前々回、前回とモザンビークで辛かったことや楽しかったことを書いてきたのですが、自分がそこで半年間どんなことをしてきたかについては語ってきませんでした。
ということで、今回は自分が現地で取り組んできた活動について書いていこうと思いまーす!

 

◆『開発インストラクター』という肩書き

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私はモザンビークNGO ADPPで開発インストラクターとして有給ボランティアをしていました。
この『開発インストラクター』通称『DI』とはデンマークが拠点のNPOが世界に構えるトレーニング施設(NPO)で研修を修了した人に与えられる肩書きです。
研修期間にはあの地獄のファンドレイジグや、自分の参加するプロジェクト(私の場合、伝染病総合コントロール)に関する勉強を行います。
そうこうして得ることのできたDIは、アフリカやブラジルをはじめとする途上国にある提携NGOに派遣され、そこで各プロジェクトに従事します。
私の場合スーパーバイザーという名目で参加したのですが…当初の予定ではエイズ関連のプロジェクトだったため学んでいったことはエイズ関連のこと。しかし到着直前に結核ということを聞かされ付け焼き刃で向かったモザンビーク。ポルトガル語しか話さないプロジェクトではほとんど使い物にならない名ばかりのスーパーバイザーをしていました。

◆おもな仕事

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現地での仕事ないようは、前回にも書いたので、今回はもう少し詳しく書いていこうかなと。
月~土まである勤務のうち、月曜日はミーティング(写真参考)、そのほかはフィールドに出て新規患者を探してました。
ミーティングでは、
①現在どのエリアで何人の患者を見つけられているのかを報告・データ作成(Excel)
②無償で働く現地ボランティアの動機づけの方法
③イベント(世界結核デーなど)などへの取り組み
などを話合い、この場では主にデータ作成のためのPC操作を教えていました。
関数の作り方などがめちゃめちゃでせっかく集めていたデータを無駄にしていたため、データのとりこぼしがないように努めていました。

…が

教える」ではなく「やってくれる」ことを現地ワーカーに求められてしまい、そこに関して納得ができず、
(やるのは簡単。でも私たちが帰ったらどうするの?と)そのころから仕事をするのが辛くなってしまいました。

言語ストレスに加え、彼らの求めるものと私たちのそれの相違がまた重なり…仕事に取り組めなくなりました。
フィールドには行くものの、オフィスワークとなれば自分のやりたいことだけをやる。そんな最低なDIだったと思います。

 

◆『伝染病の認識』という現実

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活動の中でコミュニティの人たちに「結核とは何か」という教育活動を行っていました。
ゲリラで市場の中でやったり、1つ1つ家を回っていったり…。
彼らの中では結核がまだ十分に認知されていなくて、【咳がでる・体重が減る・だるい】というただの風邪だと思ってしまうようでした。そんな彼らの中にはお金がなくて病院に行けない人も多いです。
公立の病院やヘルスセンターであれば診察料は無料で薬代15円を払うだけでいいのですが、それすら払えない人、またそこまでの交通費を払えない人もたくさいいいて、命を落とすことも少なくないそうです。
そんな彼らに、結核とは何かについて知ってもらい、もし結核に似た症状があるなら検査をし、陽性が出れば無料で6カ月の治療(6カ月治療しないと感知しないため)を受けてもらう、という活動をしていました。

彼らの意識の中で、病気が病気ではないということ。

それと同時に簡単に病院には行けないようなインフラ、交通状況が大きなネックとなり、命を落とす人が多いように思えました。
彼らにとってのマラリアは私たちの風邪のような。
高熱が続いてから、「さ、病院行くか~」といった感じで、治療が遅れて亡くなる人もいるそうです。

 

◆半年間のボランティアを通して見えた答え

「何かをしてあげたい」という感情を抱いてる時点で既に彼らを見下していることに気づきました。
一方的な援助を受けることになれてしまった彼らは、私たちボランティアが何でもやってくれると誤解してしまう…
テレビなどのメディアが流す情報とは異なり、貧しくても幸せそうにしてる人もいれば、その逆もたくさんいる。

そして「貧困国」というレッテルを貼られた国は、援助という王座にふんぞり返って座る。

もちろん、そんなのはごく一部の人にしかすぎないのですが、私が大きく気付かされたのはこの点でした。
援助慣れと幸せの尺度の違いは、日本でテレビやインターネットや本を読むだけでは絶対にわからないことでした。
知識を持たずに現地に行ったこと、現地の人と溶け込めなかったことが、こう感じた原因に大きく響いているのですが、
こういった現実を知らないままに就職活動をしていたらどういう道を歩んでいたのかと思うとものすごく恐ろしくなる時があります。

でも、このような現実を体感してでも私はやっぱりアフリカと関わっていきたいなと思うことができました。
そして帰国後、就職活動を始める…帰国後について色々書いていければなーと思います。

※1年間の休学に関する話はここまでです。
本当はもっと事細かに書きたかったのですが、何せ文章を書く力が弱く思うことを伝えられませんでした。
いや、まだまだ書き足りないだけです。笑
そこで!
今週、8月4日の金曜日に休学経験者とお話をしませんか?というイベントをするんですね。
この文章の下にも大きな写真で「休活フェア開催中!!!!」と出てるやつです。
もし、アフリカとか国際協力とかボランティアに興味があればお話ししませんか?
 
イベント詳細はこちらから
または下の画像バナーからどうぞ!
みなさんにお会いできることを楽しみにしています:)

次回の記事はこちら⇒10.【アフリカボランティア⇒自信喪失】帰国後、就活、そしてこれから。

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中上 亜紀

中上 亜紀

高校の頃からアフリカに憧れていて千葉大学を3年生の後期に休学し、モザンビーク行っちゃいました。好きなことは話すこと。好きなものは人。 現在はマラウイで活動中。 中上 亜紀の詳細プロフィールページ
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