休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
1.”じいちゃんの死”が教えてくれた、【きっかけ】で導く自分の夢
このエントリーをはてなブックマークに追加

それでは今回より、何がきかっけとなって、何を考え休学に至り、休学中に何をして、これからどうするのかを
10回ほどにわけて綴っていこうと思います。
私のブログは、気持ちのままに綴るストーリーのようなものです。
これから、10回ほどお付き合いいただけると嬉しいです。
前記事⇒《休学・留学・世界一周が【すごい】のはなぜ?私的”本質”の捉え方》

全ての人に「小さなきっかけで突き進む力」を届けたい。

 

 

【自分の世界が揺れた日】

2001年5月12日

大好きなじいちゃんが死んだ。

10歳の私はその知らせを聞いて、強い後悔に襲われていた。
数ヶ月前のこと。
じいちゃんが入院先から一時退院で家に帰ってきた日の夜
ベッドに横たわる、一回り小さくなったじいちゃんはこう言った。
「亜紀、また隣で一緒に寝てほしいなぁ…」
その隣で父が
「なんて?よぉ聞こえへんわ。ほな今日はゆっくり寝ぇ。」

その場にいた私は聞こえないふりをした。
オムツを履いて、小さくて元気がないじいちゃんを見て「汚い」と思ってしまった。

 

 
それからすぐ、容体が悪化したじいちゃんはまた入院し、息を引き取った。

(なんであの時一緒に寝んかったんやろう。最後やってわかってたら…)

大好きなじいちゃんともう会えない事実は、
小学5年生の私にとって人の死を理解するには十分すぎる衝撃だった。

(おばあちゃんが死ぬときには、絶対じいちゃんの分も恩返しする。)
そう堅く心に決めた日。

私が、この先の人生を歩むきっかけとなった1日になった。
 

5年後

 

2006年1月

年が明けて、1ヶ月後に迫る高校受験のために私は毎日23時まで塾にいた。
勉強という名目で遅くまで友達と居るのが楽しかったんだと思う。

第一志望の受験は2月10日。
それまでにおばあちゃんの病院に荷物を届けることはあっても、
変わり果てた姿を見るのが怖いという気持ちもあって、しばらく面会しない日が続いた。
受験が終われば、入院してるおばあちゃんに報告しに行こう!
そう心に留めつつ、目の前に積み上がる問題集に忙殺されていた。
いま思えば、受験を理由に老いるおばあちゃんという現実から目を背けていただけだった。
 

2006年2月8日

 

おばあちゃんは死んだ。

受験の前々日だった。

じいちゃんの死から、おばあちゃんの番は恩返しを!と心に決めていたのに
2度同じ誤ちを繰り返した私に、大きな後悔の積み重ねは一つの答えを導き出した。

自分の祖父母に返せなかった恩は、他のお年寄りに返したい。

 
二人の死は、私にとって大きな”きっかけ”となった。
そこから、中学3年生の私は漠然と「ヘルパーになる」という夢を抱き始めたんだと思う。
直接、お年寄りのケアができるし、恩を他のお年寄りに届けられる近道だと感じていた。
しかし不幸なことに、椎間板変性というヘルニアに似た持病がある私に、
腰を痛めやすいこの仕事は難しいということがわかった。
それに加えて、せっかく志望校に合格し、大学進学も頭に入れていたため
どうせならもっと根本的なところから、お年寄りを支えていこう、もしくは関っていこうと
社会福祉士、ソーシャルワーカーという道を目指そうと考えた。
でも、どうしても人と直接関わって、その人のために何かをできる仕事がしたい・・・
そんな、すっきりしない気持ちを抱いたまま高校入学を迎えた。
 

 

【見える世界が一瞬にして顔を変えた】

 

 
高校1年生になる春休みのこと。
私が出会ったのは
「世界がもし100人の村だったら」

という、巷では大ブームを巻き起こした1冊の本のドキュメンタリー番組だった。
この映像が一瞬にしてあたしの人生を変えたといっても過言じゃない。

アフリカ

africa map

遠い遠い、大陸の名前しか聞いたことのない土地に住む、ひとりの少年の物語が
あたしの人生に”最大の衝撃”を与えた。
 

 

 
なぜ、今自分がその行動をとっているのか‥・
それを考えた結果、私の原点は祖父母の死でした。
二人の死が、私にきかっけを与えてくれ、夢を導く手助けをしてくれたと思っています。
物事の理由を突き止めるだけで、視界は開けるし、過去も未来も見えてくるかもしれない。
自分が今、「動作」として行っている”何気ないこと”も【捉え方】次第で全く違った顔を見せてくれます。
 

次の記事はこちら⇒2.「身内の死」と「貧困」を繋いだ【偶然】|アフリカ大陸に恋をした

The following two tabs change content below.
中上 亜紀

中上 亜紀

高校の頃からアフリカに憧れていて千葉大学を3年生の後期に休学し、モザンビーク行っちゃいました。好きなことは話すこと。好きなものは人。 現在はマラウイで活動中。 中上 亜紀の詳細プロフィールページ
このエントリーをはてなブックマークに追加