休学経験者が当時の経験や考えを語る共同ブログ
休学して西アフリカで会社作った!?
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こんにちは。法政大学5年目高橋昌祐樹です。
まさかの休学2年目に突入なうです。
今年は3年間続けてきたカンボジアNGOCBB(@NGOCBB)の事業拡大に現地に9ヶ月行きます。

この記事では主に
凡人だった僕が「なんで」休学に至って
「カナダ・西アフリカ・カンボジア」での経験をしてきたのかをありのままに書いていきたいと思います。
主に「やりたいことを模索している」大学1,2,3年生に読んでほしい内容です。

まず僕の休学生活1年目は3パートに分かれています。
カナダ語学留学・ITベンチャーインターン(10ヶ月半)
(社員全員ネイティブの小さな会社でフルタイムで働いていました)

西アフリカでのNGOインターンと小さな起業(40日)
(世界一命の短い国シエラレオネで孤軍奮闘)

カンボジアでのNGOCBBの中学進学支援(2週間)
(設立2年目の支援で12名の子どもと家族へのインタビュー、うち8名への自転車提供をメインに行いました。)

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(シエラレオネで設立した会社にて喜びの一枚)

いきなりガンガンとばしましたが、
僕の記事の結論は
「やってみれば誰でも出来る」

なんでそう言い切れるかって
僕はいわゆる凡人だから。
まず所詮法大生。
公立中学から法政の付属高校に推薦で入り、
何も考えずに内部進学。もちろん受験競争は経験せず。
中高は週6でガチ卓球に全てを捧げるも県レベルまでしか行けず。
留学前のTOEICも700点に届かず。
なんだろう、特筆すべきことがないくらい普通。

西アフリカで会社を作った!?
そりゃすごい。
でも実態は…

ただの「Gmail・Facebookアカウント開設」
That’s it.

まさに日本人なら誰でも出来ること。
ホントに毎日の交通費を稼いでは 使いのその日暮しをしていました。

ワードで作った広告をそこらへんの人に声かけながら貼りまくる。
ただひたすら家で待つ。以上。
GmailとFBそれぞれ個人向けオープンで10,000リオン(約$2,5)、
平均すると1日に1件ずつでそれが日々の街への交通費(現地人と二人分で6000リオン)とパン(1000L)で徐々に消えてく生活。
実際やろうと思えばホントに誰でも出来るようなこと。

しかしなんでアカウント開設如きがビジネスに…!?
という疑問もあると思うのでここは次回以降に詳しく。

僕が休学したのは大学3年後期から1年間。

そんな凡人だった僕が休学に至った理由。
なぜって、
「将来途上国に関わって生きていきたかったから」
そのために英語がどうしても必要だったから。
ここに尽きる。

もちろんそう至った理由がある。
僕は小学生の頃からアメリカが好きだった。
純粋に映画と強いアメリカ政治の影響で。

中学の時はそのまま英語が好きになり
高校からなぜか洋楽にハマり、
洋楽を365日聞く生活は大学5年目の今までで7年目に突入。
単純計算で1日1時間×365日×6年≒2200時間

留学前の大学3年後期まででも
365時間×4年半≒1600時間
語学は1000時間を超えると一つ壁を超えるとよく言うのでまさに洋楽様様。

大学入学前まででかなり欧米被れになった僕、
大学は付属上がりで学部を選べたので消去法で国際政治学科。
国際系と政治が好きで入ったが入ってみたら国連やら貧困やらが多く。

そしてNPO法人国際ボランティア学生協会(IVUSA)という
日本最大の学生ボランティア団体にも入った。
ここも国際の2文字に惹かれて入ったのだがボランティア先は全て途上国だった。
その国際政治学科とIVUSAのおかげかせいか、
僕の関心は欧米から途上国に移っていった。
そんな大学1年次の僕のやりたいことは「途上国の貧困削減」だった。
周りの環境にただ左右されて実に単純。

でもこのIVUSAでの先輩たちとの出会いが
僕の人生を決定的に導いてくれた気がする。

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(3月に行われたIVUSA4年生修了式)

当時の法政の3年生たちがいわゆる黄金世代。
この頃1200人はいたIVUSAのコアのコアだった。
そんな先輩たちに集まりのたび
「お前は結局何をやりたいんだ?」と問い詰められ続けた。
これが僕の原点。
さらっと書いたけどここで書けないくらい問い詰められた。

皆さんにも今1分でいいから
「自分のやりたいこと」を真っ白な紙に書きつらねてみてほしい。

皆さんは今書いたそのことを今やっているだろうか?

それとも何も書けなかっただろうか?
(やりたいことを探そうと足を動かしてるだろうか?)

IVUSA内では先輩に誘われるがままに
徐々に色んなイベントや合宿に参加するようになり、
そして徐々にイベントの作り手や飲み会の幹事をやるようになっていった。
ここ地味に重要で、
ただの参加者から作り手への移行ってのは
今の「主体性」の基礎になってる。

意識の高い人は
ただイベントに参加しているだけなら時間の無駄。
何か自分で作った方がいい。
小さなことからでいいから。

人脈ってのも自分が何も持ってない人間だと活きない。
自分が相手に価値を提供出来て、相手に認識されて初めて意味のある人脈だ。
何かを得ようとする前にまずはGive, give & give。
独りよがりでは誰も応援さえしてくれない。

徐々にコミットしていったIVUSAで1年春休みに南インド住宅建設ボランティアへ。
余りにもド田舎の何もないところで、
アフリカより熱い炎天下で肉体労働を永遠と続けて見えた世界があった。

ここで僕は「衛生で安全な水を供給する」ってやりたいことを一つ見つけた。
「目の前の人・事に本気であり続ける」という
僕の「人生の軸」を体現出来たターニングポイントでもある。

本当にやりたいことは何??
でも大学2年が始まり、
なぜかその見つけたやりたいことにアプローチ出来なかった。
壮大すぎてやり方が分からなかった。
でも同時に
「動けないってことはこれはもしかしたら本当にやりたいことじゃないのかな…?」
「もしかしたら他にもっとやりたいことがあるのかな?」
と思い立ったら吉日。

大学2年前期はろくに学校にも行かず、
IVUSA以外に、
少しでも興味のあった政治系、起業系、社会起業系、自己啓発系に手を出した。

でも内実は、

IVUSA(主に月一の対内向けイベント作りと、
SAT~大学生のための社会貢献講座~の集客)
→IVUSAのただの活動の一つ

社会起業支援(学生団体。起業系)
→ミクシーからメッセを送ってきた上智の院生とお茶したら始まりました。

政治(区議会・参院選選挙の雑用)
→IVUSAでお世話になってた議員さんのお手伝い、というより雑用

起業(怪しい起業家の元、街頭でアフェリエイトの発生するサイトに登録させるというバイト)
→ミクシーでメッセを受け歌舞伎町で会って即仕事開始でした。

就活系自己啓発塾通い(法大生なら聞いたことある飯田橋の怪しいあれです)
→飯田橋で声かけられてノコノコ付いていきました。

内容も微妙だけど、
キッカケもホントに些細なこと。
まさに誰でも出来ること。
やりたいことを実現するキッカケは以外と近くに転がってるかもしれない。

でも僕はこの大学2年の前期、
「自分のやりたいことは何か」をホントに24時間考える超自己中な生活を送っていた。
この期間のおかげで今一つのこと(NGOCBB)を続けていられる自分がいると思ってる。

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(CBBの設立1年目の中学進学支援の様子)

しかし上記のどれもしっくりこなかった。
そんな時IVUSAで夏にカンボジア小学校建設に行ける機会があった。
不純な動機だが

「自分の本当にやりたいことは何か」を見極めるために行った。

別に子どもたちのためになんて思わなかった。
そもそもどの子だよ、
そんな見たこともない人のことどうやって考えるんだよ
偽善かって思ってた。

でもこの渡航を通して僕が思ったこと。
それは政治、ビジネス、社会起業、途上国といった分野で一番ワクワクするのは途上国だと。

大学2年後期、
IVUSAでの留学生交流会企画やぐーたらな日々を過ごす中、
一つ頭にずーっとひっかかってることがあった。

「学校を建てても学校に行けない子どもがいる」
どうしたらそんな子どもが学校に行けるようになるだろうか
「親の雇用創出が出来たら…」
なんでか分からないけど、これが僕の頭をずっと支配してた。

その後僕は東南アジア一人旅に行くことを決めた。
もっと途上国のリアルを見たかったから。

ボランティアでは見えないことが多すぎた。
インドもカンボジアも行ったのに僕は何もこの2つの国を知らずに帰国してしまっていた。

タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナム、カンボジアを3週間で回ることに。
でも一人旅に行く行くと周りにたくさん宣言していたら
ただ行くだけでは物足りなくなってきた。

次回は2年生春休みに行った東南アジア一人旅~休学への決意を書けたらと思います!

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高橋 昌祐樹

高橋 昌祐樹

法政大学法学部4年。休学2年目。国際協力学生 @NGOCBB を仕事にすべくカンボジアでオフィスを構え足掻いています。現在は「農村の貧困層の子でも大学に行ける仕組み」作りをめざし「シェアハウス事業」「教育マイクロファイナンス」「チャリ100台プロジェクト」に従事。 高橋 昌祐樹の詳細プロフィールページ
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